第7話 「理不尽は空からやってくる」
ゴブリン狩りの帰り道。
僕達は、のんびり森の小道を歩いていた。
「ノルンと、サッシェは加減をすれば問題無いな。
聖女さんは……まぁ、他にも色々仕事はある、討伐以外で頑張れば良い。」
「他って何があるのさ?」
「そうだなぁ、ドブ攫いや薬草採取とかだな?」
「雑用枠じゃないか!」
あんまりにもあんまりな内容に、僕は猛然と抗議する。
「仕事が有るだけマシだろ?」
「ご主人様が、また穀潰しに戻りましたね。」
ノルンが、やれやれといった感じで肩を竦める。
僕が、そんなノルンをジト目で見ていると、サッシェが元気に口を開く。
「ご主人様、大丈夫っす。」
「サッシェ!」
「ご主人様の為に、ちゃんと栄養豊富な土を選ぶっすよ!」
「サッシェェェッ!」
「まぁ、何だ……全員戦闘準備!
上だ!」
何かを言いかけたホルツが、急に立ち止まって叫んだ。
ホルツが睨む先、雲一つない快晴の空に、あり得ない景色が広がっていた。
「……でっけぇモグラだ。」
「ぼんやりするな!
……何だってこんな所で擬きが居るんだ!」
ぼんやり空を眺める僕達に、ホルツの檄が飛ぶ。
「擬きですか……
でっかいモグラではなく?」
「あぁ、アレはドラゴンじゃねぇ。
ドラゴン擬き、モグラの亜種だ!」
「はぁぁあ?
なんで?
なんでモグラが空飛んでるのさ?」
衝撃的な光景に、おもわず叫んだ僕を怪訝そうに見ながら口を開くホルツ。
「はっ?
モグラは空を飛ぶもんだろ?
そんな事も知らねぇって、アンタらどこの田舎出身だ?」
「いやいやいや、そもそもドラゴン関係ないし。
思いっきりモグラまんまだし!
それにさ、あんなでかいのどうやって飛んでるのさ?」
「知らね。
実際に飛んでるんだ、そんなもん気にする奴なんかいねぇよ。」
「……来ます!」
ノルンの鋭い声に合わせて、ドラゴン擬きが僕達目掛けて突っ込んで来る。
丸々とした体に、茶色の短く硬そうな体毛、まん丸なおメメ、そして長く鋭い口先。
長い前足に、鋭く長い爪。
ここまでは、まんまモグラ。
「だから、何でそんな小さい翼で、そんな速く飛べるのさ!」
そう、ドラゴン擬きの翼は小さい。
体からはみ出てないし、白い羽毛生えてるし面積も小さい。
まさに理不尽の塊だった。
「この生物、絶対おかしいって!」
みんな、それぞれにドラゴン擬きの突撃を避けていたんだけど、何故かこのモグラ、僕ばっかり狙ってくる。
ホルツが剣で攻撃しても、ひらひらかわすし、そもそもノルンもサッシェも攻撃が来ないからって雑談してる。
……メイドさん達、もっと働いて?
「何だってこのモグラは、僕ばっかり狙って来るのさ?」
何度も執拗に狙って来るモグラを避けながら、僕は地味に距離を取るホルツに聞いてみる。
「ああ、ドラゴン擬きは、弱い個体から狙い撃ちにして来るって聞いたことあんぞ?
あと、個人的に気に入らない奴も優先的に狙うらしい」
「つまり、ご主人様雑魚認定っすか?
なんか鼻につくんすか?」
「穀潰しニートで雑魚……プッ」
ホルツの説明に、すかさず乗っかってくる使用人の二人。
「あ、ノルン!
今、僕の事笑ったね?
サッシェも何ニヤニヤしているのさ!」
「ほらほら、雑魚様、次が来ますよ?」
いつの間にか離れた場所で、切り株に仲良く座って観戦している二人を見て、僕は声を荒げた。
「うわっと!
ノルン、コイツ倒した後にお仕置きだかんね?
あと、サッシェも!」
「うぇぇっ!
私は何もしてないっすよ?」
「私も、何も致しておりませんよ?」
「いや、仮にも自分達の主人が襲われてるんだからよ。
何もしないのはダメだろ?」
「そうだ、ホルツの言う通りだぞ!
みんなはもっと僕を甘やかしてよ!」
ホルツいい事言った!
僕はホルツの言葉に乗っかる形で、当然の要求をしてみる。
その間も、実に勤労意欲に溢れたモグラが、ひっきりなしに空から突っ込んで来る。
僕は必死に身を翻し、時には転がり、時にはジャンプで回避する。
小さい翼での高速飛行、予測不能の突進。
――この生物は、まさに理不尽そのものだった。
「それにしても、しつこい!」
相変わらず、執拗に僕を狙って来るモグラ。
何だかんだで、行動パターンも理解して来た。
長い爪とその速さは驚異的だけど、動きが直線的。
慣れてしまえば、避けるのはそんなに大変じゃない。
てか、何かアトラクションみたいで、楽しくなって来た。
「HEY!HEY!HEY!
もっと来いよ!
お前の実力はそんなもんじゃ無いだろ!」
「そうっす!
もっと熱くなるっす!」
「擬きとはいえ、ドラゴンの名を冠しているのです。
貴方ならもっとやれます!」
「お前ら……何で敵を煽ってるんだよ!」
僕達3人が楽しく煽っていると、ドラゴン擬きが空中でその動きを止めて、プルプル震える。
その様子を、ただ惚けっと眺める僕達。
「やべぇ、避けろ!」
何かに焦った様子で叫ぶホルツ。
「へっ?」
プルプル震えていたドラゴン擬きの、長い口がカパっと開く。
その瞬間、視界が真っ白になった。
「やべぇ、アレはブレスだ!」
俺は咄嗟に、間抜けヅラを晒している聖女に叫ぶ。
だが、俺の叫びも虚しく、その姿がブレスの光に包まれる。
「「ご主人様!」」
聖女の従者だと言う、ノルンとサッシェ。
二人の少女の叫びも虚しく、ブレスの光は強まって行く。
失態だ。
俺が付いていながら、みすみす若い命を散らしてしまった。
「……せめて、仇だけは取る!」
決意を新たに長剣を構え、ブレスが収まるのを待つ。
きっとそこには、聖女だったモノが無惨に残されているのだろう。
ちょっとだけ生意気で……。
だが、明るく良く笑う年相応の、妹みたいな可憐な姿。
それを奪った敵に、俺は憎しみを込めた視線を送る。
「よくもやりやがったなっ!」
そう叫んで、剣の届く位置まで降りて来た敵に向けて走り出そうとした、まさにその時だった。
「あ〜ビックリした!」
「へっ?
……あぶっ!」
予想外の声を聞いた俺は、小石に躓きバランスを崩す。
スローモーションの様になった俺の視界に映ったのは、足を腰幅より少し開き、身体をやや後ろに逸らし、胸から上を軽く丸め、爪先立ちで腕を組み、顎を引いてドヤ顔をする聖女の姿だった。
「ええぇぇぇえっ!」
思わず大声が出た。
「ホルツうっさい!」
「おっさん煩いっす!」
「え、俺何で怒られるの?」
「……ご主人様ですからね。」
「ふふふ、モグラくん、中々やるじゃないか?
だが、この僕の結界を破る事は、出来なかったみたいだね?」
変なポーズで、何事も無かったかの様に立っているが、その周りの地面は抉れ、木々も薙ぎ倒されている。
その惨状を見ても、相当な威力のブレスだったことが伺える。
その有り得ない光景を見て、俺は……。
「擬きでも、ランク上の下相当の魔物のブレスだぞ?
防げたとしても、無傷は有り得ないだろ……」
「さて、そろそろ僕のターンってやつだね?」
そう言うと、何故かその地味に大変そうなポーズのまま何かを呟いた。
「……浄化!」
ドラゴン擬きが、素早い動きで横にずれる。
その動きに、サッシェが叫ぶ。
「あ、外したっす!」
「ドヤ顔で外していますね?」
「なっ!
……浄化!
浄化!
浄化!」
聖女が呟くたびに、ドラゴン擬きが素早く動いた。
そのたびに、近くの木々や地面が何かに抉り取られている。
明らかに、何かを回避しているかの様な動きだった。
「……ムッキィィイッ!
モグラのくせに避けるな!」
何が気に入らないのか、聖女は地団駄を踏んで悔しがる。
「……能力の使い方を練習しないからです」
「あ〜、基本的に努力とか嫌いそうっすもんね?
ご主人様は……
さっきのブレス?アレも結構タイミングやばかったっす。」
「……少し、甘やかし過ぎましたね。」
「えっ?」
「……何か?」
「あぁ、いや……。
取り敢えず、アレは放って置いても問題は無いんだな?」
「ホルツおじさんも、こっち来て休憩するっす!」
「俺はまだおじさんじゃねぇ!」
「良いから来るっす。
今なら両手に華っすよ?」
「……本当に大丈夫なのかよ」
俺はそうぼやきながら、二人の近くに移動する。
「浄化!
浄化!
結界!
じょうかぁぁぁあっ!」
慣れて来たのか、若干の余裕をみせ、ニヤニヤするドラゴン擬き。
なんなら、時々後ろ向きでケツをフリフリしたりしている。
「煽っているっすね?」
「……まぁ、全く当たってないからな。」
「……お恥ずかしい限りですね。」
ドラゴン擬きが、上空から唾を飛ばしてくる。
「ちょっ?
や、きたない!」
僕は結界を張ってふせぐが、降り注ぐその唾の量は多く、まるで唾の雨みたいだった。
「うぇぇ、地味に嫌な攻撃っす。」
サッシェが、心底嫌そうな顔で口を開く。
聖女が展開する結界をつたって、地面に唾がたまる。
「……あら、溶けてますね?」
唾に触れた地面から、薄く煙が上がっている。
モグラ擬きがニヤニヤしながら片足を上げた。
……まさか?
上空から降り注ぐ金色の液体。
それは、勢いよく僕の結界にあたって周りに飛び散る。
「ぶははははっ!
あいつオシッコかけられているぜ?」
僕を指さして笑うホルツ。
僕は……
「……テメェは僕を怒らせた!
今こそ喰らえ、僕の最大出力だぁぁあっ!」
そう僕がキレた瞬間、サッシェが焦った様子で叫ぶ。
「あ、ヤバいっす!」
「な、何だ?」
「サッシェ、結界を張ります。
合わせなさい!」
「了解っす!」
「くたばれモグラ!
じょぉぉかぁぁああっ!」
叫び声が響き、その身から発せられた淡い白色が全方位に広がる。
そして、光が当たった全てのものを分解していく。
それは、空中にいたドラゴン擬きだけでなく、辺り一面をも光で包み込む。
「サッシェ、もっと気合いを入れなさい!」
「やってるっすよ!」
二人の少女が張った結界が軋む。
「だ、大丈夫なのか?」
「消えたくなければ黙ってなさい!」
「キツいっすぅぅっ!」
暫く……いや、時間にすれば数秒のことかも知れない。
視界が白に染まり、世界の音が消える。
徐々に光が収まり、世界が戻る。
「どうだぁぁあっ!
思い知ったか、この哺乳綱真無盲腸目モグラ科めっ!」
そこには、とても聖女とは思えないドヤ顔をした聖女が、更地に立っていた。
「……森、どうすんだこれ?」
完全に消滅した地形を見て、ノルンが口を開いた。
「……ご主人様の責任ですね」
「いや、僕じゃなくてモグラのせいでしょ!?」
「最終的に、消したのはご主人様っすよ?」
「ぐっ……!」
ホルツがため息をつく。
「ったく、ドラゴン擬きは消えちまったし、また討伐証明出来ねぇ……
報告面倒くせぇな……」
「僕は悪くない!
討伐証明を残さない、根性なしなモグラがわるい!」
夕焼けの中、 僕たちは――目の前の現実から目を逸らした。




