第6話 「討伐証明?そんなの知らん!」
広葉樹に囲まれた、比較的開けた場所。
木漏れ日が差し込み、葉のざわめきが小さな音を立てる。
僕たちはギルドの依頼で、近くの森に来ていたのだけど、指導役のホルツの機嫌がなぜか悪かった。
「は〜い、注目!
先生は今とても機嫌が悪いです。
どうしてでしょうか?」
「はいっ!」
長剣を肩でポンポンさせているホルツの質問に、コック姿のサッシェが元気よく手を挙げる。
「はい、サッシェくん。」
「30代目前で、彼女の1人も居ないからっす!」
「ちげえっ!」
サッシェの指摘に、持っていた長剣を振り下ろして力一杯否定するホルツ、何とも大人げないおじさんだよね。
仕方ないので、僕が模範回答を示す事にする。
「ハイハイッ!」
「はい、そこのエセ聖女。」
「やっぱり、美と程遠いそのゴリラ顔だと思います!」
「てめぇ……」
「ご主人様、腕が長くて足が短い所もポイントですよ?」
「あ、そうか!
ノルンは良く見てるね?
僕は、人類がそこまで進化から逆行するとは思って無かったよ。」
「お褒め頂き、光栄です。」
ノルンの鋭い指摘に感心していると、ゴリラが叫んだ。
「テメェらの血は何色だぁぁあっ!」
「うわ、ゴリラが叫んだ!」
「遂に、ドラミングが生で見られるのですね?」
「ドラミング?」
「二足で立ち上がり、手のひらを丸めて、胸をポンポンポンと叩く威嚇行為です。」
「へ〜、それは見てみたいね?」
僕らのやり取りに、何故か長剣を振り回して興奮するゴリラ。
このゴリラ、もしかして言葉がわかるんじゃ?
「お〜し、分かった。
テメェら全員、年上への敬意ってヤツを叩き込んでやる!」
「うわ、大人げないおじさんだね?」
「野生のゴリラですから、きちんと躾けましょう。」
追いかけてくるホルツを揶揄いながら逃げていると、何故かノルンは無表情のまま素早く前に出て、ホルツの手首を軽く掴むと、あっという間に投げ捨てた。
「……ちくしょうっ!
あのメイド、何であんな強いんだよ!」
「はい、どうどう……
よ〜し、よしよしっす。」
ふとみたら、項垂れるホルツをサッシェが慰めていた。
少女に慰められるおじさん、シュールだね?
「……ったく、お前ら金が必要なんだろ?」
「うん、だから仕方なく、この僕が働く事にしたんだよ?」
「……ご主人様、御立派になられて……」
僕の献身に、ノルンが感無量の表情をする。
流石はノルンだ、唆るじゃないか!
「兎に角、お前ら……
金が欲しいなら、ちゃんと真面目にやりやがれ!
本来ならこの程度の依頼、ギルドが人を付けるなんて有りえねぇんだ。」
「そうなの?」
ホルツの説明に、僕は首を傾げる。
てっきり僕の美しさに、保護対象となったのかと思ったんだけど、どうやら違うらしい。
「当たり前だろ?
高々ゴブリン退治如きに一々人を派遣していたら、ギルドなんてすぐに潰れちまう。」
「……なるほど、ご主人様のニートっぷりに国が動いたんっすね?」
「動くかボケ!」
「じゃあ、世界?」
「お前は何様だってんだ!」
「「じゃあ、なんなのさ?」」
僕らの質問に、ちょっとだけ明後日の方を見たホルツがボソッと言う。
「……村人が騒いだからだよ!」
「……なんで有象無象どもが?」
「……おま、言い方!」
疑問を口にする僕に、何故か言い淀むホルツ。
「ご主人様、品がありません。
そこは底辺どもが正解かと……。」
「……お前ら。」
僕達のやり取りに、何故か呆れ顔のホルツ。
優しい僕は、助け船を出してあげる事にした。
だって、僕は人格者だからね?
「仕方ないなぁ。
みんな、話が進まないからその辺にしておきなよ?
ホルツも、いい歳してるんだからさ。
ちゃんと説明出来ないと駄目だよ?」
「ほんと……お前はっ!
……はぁ、もういい、確かに話が進んでねぇしな。」
「そうそう、人間、素直が1番だよ!」
ほら、やっぱり僕の判断は正しかったね。
何か疲れた顔してるけど、たぶん歳のせいだね。
「もういい、俺はぜってぇ突っ込まねぇ。」
「ならさっさと話しなさい。
いつ迄無駄に時間を使うんですか?
老害ですか?」
「ノルンさん、老害に老害って言ったらダメっすよ?」
「そうでしたね、憐れさが増してしまいますね。」
サッシェとノルンが微笑ましく会話をしていると、ホルツが急に叫んだ。
……そう言う年頃かな?
「ァァアアッ!
……ったく、何だってんだ!
良いか?
村人が、聖女様を危険に晒すなとギルドに抗議した!
ギルドは、聖女が安全に依頼を熟す実力があるか調査する事にした!
でもって、ついでに初心者講習もやろうってんで、ベテランを派遣する事にした!
その被害者が俺、以上!
……何か言う事は?」
「ホルツ可哀想っす!」
「コマ使いだよ、これは。」
「ご主人様以外に対して、大変失礼な人達ですね?」
三者三様の反応に、ホルツが空を仰ぎ見る。
なんか、若干涙目っぽいね?
ゴミでも目に入ったかな?
あれから僕たちは、更に森の奥へと進む。
すると、前方の茂みに何かに反応したのか、ホルツが僕の方を振り向いて声をかけてきた。
「ほら、ゴブリン共のお出ましだ。
まずはお前らでやってみろ?」
「浄化」
ホルツの言葉通りに、茂みを掻き分け出てこようとしたゴブリンを、僕は浄化で掻き消した。
「嘘だろ?
……はっ?
って何じゃコレ?」
「ヤレと言うから」
目の前の状況を理解出来ないゴリ……ホルツがなんか狼狽えていた。
「いや、ゴブリンどこ行ったんだ?」
「ん〜、消した?」
「何で疑問系なんだよ!
てか、消したって魔法か何かか?」
「えへへ……」
あまりにホルツがはしゃいでいるので、褒められた僕としても満更ではない。
基本的に、僕は褒められて伸びるタイプだからね?
「何で照れるんだよ!」
「また来ましたね?
では、次は私が……」
また茂みがガサゴソ言うと、今度はノルンが手にした短剣でゴブリンを細切れにする。
「いや、何もそんなに切り刻まなくても……
ゴブリンに何か恨みでもあるのか?」
「……存在が、ご主人様に合いませんので。」
「そ、そうか……」
「次は私の番っす!」
「いや、そんな都合良く出てこねぇよ!」
「……。」
思わずなのか、ホルツが強めに言った言葉で、サッシェがしょんぼりする。
当然、僕はホルツを非難するね。
「あ、ホルツがサッシェを虐めた!」
「虐めてねぇっ!」
「加害者ってみんなそう言いますね?」
「兎に角、聖女は失格。
ノルンは、ギリギリおまけで合格だ!
サッシェは……まぁ、取り敢えず合格で良しとするか」
「あぁあっ!
メイド趣味だからってエコ贔屓だ!
職権濫用だ!」
「何でだよ!」
僕の非難が的確過ぎたのか、ホルツが我儘を言って来たので、僕は猛然と抗議する事にした。
このゴリラ、一度教育的指導が必要だと思う。
「何では僕の台詞さ!
華麗にゴブリンを消し去った僕が、何で不合格なのさ?
紳士差別だ!」
「紳士かどうかは知らねぇが、お前には冒険者として致命的な欠点がある。」
「……美し過ぎることかい?」
「ちげえっ!
良いか、冒険者ってのはな、依頼を受けて魔物を討伐する。
これはわかるな?」
「馬鹿にすんな!
そのくらい常識だろ?」
全く、ゴリラと僕を同列に考えるなんて!
「……その常識が、明後日の方向を向いてるから聞いてんだよ?」
「ホルツじゃあるまいし、そんな事あるわけ無いさ!」
「まぁ、良い。
これ以上、お前の戯言には付き合わん!」
「……まさか、ゴリラが人間みたいな知恵をっ!?」
ホルツの意外な言葉に、ノルンが目を見開き、有り得ないモノを見る目でホルツをみる。
「クソッ!
……俺はぜってぇ突っ込まねぇ。」
「遊んでないで、さっさと理由を説明してよ?」
「クッ!……そうだな。
つまり、依頼ってのは、達成したとわかる証拠が必要なんだよ。
ゴブリンなら左耳って具合でな?」
「成る程、流石野蛮なギルドだね。
死体の耳持って来いだなんてさ……。
まさにサイコパスだよね?」
「でもって、お前に聞くが……
討伐証明はどこにある?」
「「「……あっ!」」」
ホルツの得意気な言葉に、僕たちは気付く。
「そう言う事だ。
良いか、これは遊びじゃねぇ。
結果を出して、証明して、初めて金になる。
……美しいだのなんだの言ってるだけじゃ、飯は食えねぇんだよ。
……ここは、そういう世界だ。」
「いえ、ご主人様の場合は“美しいから食べられる側”です。
主に私にですが……とても良さそうですしね。」
「えっ?
ノルン?
何そのホラー!」
ノルンの発言に焦る僕を無視してノルンがホルツの説明を肯定する。
「まぁ確かに、全部消えているので証拠がありませんね?」
「つまり、聖女様は依頼を達成出来ないって事だ。」
「何てこったい!」
衝撃の事実に、僕はその場に膝をつく。
「つまり僕は……」
震える声で呟く。
「働いても……お金が貰えない……?」
世界が、静かに終わった。
どれだけ美しくても。
どれだけ完璧でも。
証明できなければ――無価値。
この僕が、無価値だと……。
「そんな……馬鹿な……」
僕は空を仰ぐ。
木漏れ日が、やけに冷たかった。




