第4話 「森の聖女と美の決戦」
森の奥。
小川のせせらぎに混じり、鳥の声がこだまする。
僕は、一息つきながら辺りを見回した。
木漏れ日の角度。
苔の緑。
微かに揺れる葉の影――
どれも計算されたかのように整っている。
だが、今、僕の視線を奪うのは――
森の中に佇む小さな存在だった。
リタ。
まだ背丈は低く、小さな体。
その立ち姿に、僕の視線は彼女を追っていた。
僕は普段から、人形の造形には中性的な儚さこそが必要だと思っている。
だから、少女と幼女の間を切り取る。
手前味噌的な話にはなるが、これでも僕は、完全に近い造形美を作り出していると自負していた。
目の前の景色を見るまでは……。
首の角度、肩のライン、腕の曲線。
軽く跳ねた髪の流れに、光が柔らかく反射する。
指先の仕草や、足先の微妙な重心の移動までもが、計算されつくした美の証のようだった。
まるで、美術館に置かれた彫刻を前にする鑑定士のように、僕は細部までリタを観察した。
「……滾る。」
僕は、心の中で呟く。
言葉に出すことはできない。
僕はこれでも紳士だからね。
目の前の宝は愛でるのみ、手を出すなんてあり得ない。
リタが無邪気にバケツを持ち上げ、嬉しそうに水をくむ。
僕は手をワキワキさせながら、息を荒くしていた。
あの造形美を堪能したい衝動に駆られつつも、この胸の奥から湧き上がる、探究心と言う名の紳士を押さえ付けていた。
光が水面に反射し、リタの影を揺らす。
動く影もまた美しく、彫刻が命を宿したかのようだ。
僕が、溢れ出る紳士を殴り付けてわからせていると、リタが無邪気に話しかけてきた。
「……ママから聞いた物語の聖女様みたい!」
そう言って無邪気に微笑む幼女。
水を受ける手の角度、傾けた頭の向き――
僕は、鼻から溢れ出るリビドーをそのままに、思わず唇を噛む。
紳士として、触れず、近寄らず、ただ観るだけ。
リタ、君はなんて悪女なんだ。
この僕を、ここまで昂らせるなんて――
――決戦は始まった。
リタという芸術を、僕は目の前で鑑賞する。
もちろん、紳士的にだ。
森の中、リタは嬉しそうに駆け寄ってきた。
手には小さな花を握っている。
「はいどうぞ、私の聖女様!」
ズキュンッ!
リタが、笑顔で僕に花を手渡す。
その笑顔に、僕は胸を撃ち抜かれる。
「聖女様?」
ガッ!
上目遣いで僕を見てくる。
その表情で、僕の中で何かが起きかける。
「り、リタは……可愛いね?」
辛うじて在り来たりな事を言う。
僕は不思議そうに微笑む彼女を、目を細めて観察する。
――まずい。
制作意欲が溢れて来る。
リタが両手を伸ばして僕に抱きつこうとした。
心の中で警鐘が鳴る。
……これ、あかんヤツだ。
しかし目線は、どうしても離れられない。
小さな手が肩に触れた瞬間、僕は無意識にリタの背に回した手をワキワキさせる。
理性と紳士の誇りの間で悶える感覚――
それは多分、どんな戦場での決戦よりも緊張する瞬間だった。
「ふふ、聖女様大好き!」
はい、僕の負け。
僕は自ら意識を手放した。
YESロリータNOタッチ。
「……ただの事案じゃないか?」
森の中、観察者の呆れた声が聞こえた気がした。
同時刻、村近くの森。
「んったくよぉ、今回の依頼も碌なもんじゃねぇな!」
「ヒャッハー!」
何時もと同じ叫びを上げながら、モヒカン頭に棘が無駄に生えた軽鎧を着込んだ魔族が棍棒を振り回す。
俺はそれを冷静にかわすと、すれ違い様に手にした長剣で斬り伏せる。
この一撃が致命傷となったのか、魔族はそのままうつ伏せに倒れた。
動かない魔族の頚椎に、念の為長剣を突き立てる。
僅かにビクリと痙攣した魔族の体は、以後動かなくなった。
「しっかし、コイツらは何で揃いも揃って同じ格好してるんだかねぇ?
しかも重要な部位は剥き出しって……」
「一応、強さで布面積が違うみたいよ?」
少し離れた位置に居る、緑のローブを着た20代後半くらいの女性が話しかけてくる。
「リツィアはそう言うけどよ。
強い個体程露出が多いって訳わかんねぇよ。
普通、強い個体程装備も良くなんだよ、普通は!」
「ホルツもこの業界長いんだから、良く知っているでしょ?
基本的に馬鹿なのよ、コイツら。」
呆れ顔でそう話すリツィアに、ホルツは肩をすくめて掌を上にむけた。
着ていた革製の軽鎧が軽く音を立てる。
「確かにそうだな。」
「それよりも、これで今回の依頼も達成だし、早いとこ村に戻りましょう?」
「おう、三日振りにマトモな飯が食える!」
「今回は3日で済んだのだからまだいいじゃないの。
前回なんて1か月間、ほぼ硬いパンと水だったんだから!」
「そらそうだ。」
不満気に腰に手を当てて話すリツィアに、ホルツも同意する。
2人は傍に置いていた荷物を背負うと、森近くの村へ向けて歩き出した。
あれから気がついた僕は、介抱してくれたリタにお礼を言い、そのまま会話することになった。
「聖女様はどうして此処にいるの?」
「僕は散歩していたんだ。
あと、僕は聖女じゃないよ?」
僕が聖女を否定すると、リタは僅かに首を傾げる。
幾分リセットして落ち着いた僕でも、その仕草はヤバかった。
またまた制作欲に駆り立てられる前に、僕はリタに質問する。
「リタは何でここに?」
「ママのお手伝い!
お水を汲みに来たの!」
元気良く答える姿に目を細めながら、その体の構成比を無意識に観測する。
「おお、偉い!」
「私、もう12歳だもん。
このくらい出来て当然よ?」
頭ではリタの瞳に似合う色を考えながらも、口は優しくリタを褒める。
「じゃ、僕はそろそろお暇するよ」
「あ……うん」
少しだけ寂しそうな顔をしたリタが返事をする。
そんな姿を見た僕は――
「ママはね、何時もお仕事頑張っているの!」
「パパは?」
「パパは……私が小さい時に、村を守ってお星様になったんだって。」
「そっか、パパは凄かったんだね?」
「……凄い?」
「凄いさ!
だってみんなを守ったんでしょ?
まさに英雄的さ!」
「英雄?」
「ああ、英雄だよ!」
僕の言葉に、先程まで沈んでいたリタの表情が明るくなる。
その輝きを見た僕のインスピレーションが刺激される。
「うん、やっぱりキミは良いね?」
「聖女さま?」
「あはは、僕は単なる紳士さ。
そうだリタ、キミを人形にしても良いかな?」
「私が人形に?」
「ああ、キミの人形を作りたいだけさ。
勿論、モデル料は払う。
……ノルンがね。」
リタは不思議そうに言う。
「ノルンさん?
それって聖女さまのお友達?」
「ん〜、友達かぁ……。
うん、他人だね?」
僕はそう言って笑う。
「まぁ、まずはリタの村に行こう。
ママにご挨拶しないとだしね?」
「うん!」
僕は、元気に返事をするリタと手を繋いで、村へと続く小道を進んだ。
その2人の後を慎重についてくる影が一つ。
未だ2人は気付いていない。
屋敷近くの森を抜けた先に、小さな農村があった。
特に特徴のない村だが、自然に囲まれた立地にあり、冒険者達が良く拠点にして居た。
そんな村にある、唯一の宿屋。
食堂も併設しており、今日も冒険者や独り者の若者達で賑わっていた。
「おやっさん、エール一つ!」
「私にも頂戴。
あと、大蛙のフリッターも!」
「あいよー!
カーミラ、三番テーブルにエール二つ運んでくれ!」
「はい、おやっさん!」
元気良く返事をした女性によって、2人組の冒険者の下へジョッキに入ったエールが運ばれて行く。
「ほい、フリッターあがったっす!」
厨房から女性の元気な声と共に、揚げたてのフリッターが乗った木皿がカウンターに置かれる。
「サッシェちゃんは手際良いねぇ?」
「料理は得意っす!」
「最初はどうなるかと思ったが、サッシェちゃんさえ良ければ、このままウチで働いても良いぜ?」
「それは魅力的なお誘いっすね!」
カウンター近くに居た、壮年の男が笑いながらサッシェに誘いをかける。
その時、気配を悟らせずにカウンター近くまで来たメイド服の女性が、抑揚の無い声で溜息混じりに話す。
「……我が家の料理長を引き抜かれては困りますね?」
「あ、ノルンさん!
戻って来たんすね?」
「はい、ご主人様の用事を済ませて来ました。
貴女も遊んでないで行きますよ?」
「了解っす!
おやっさん、楽しかったっす!」
ノルンの言葉に、いそいそとエプロンを外したサッシェが厨房から出て男に話す。
「なんだい、もう行っちまうのかい?」
「お仕事楽しかったっすよ。
また手伝いに来るっす!」
「ああ、サッシェちゃんなら大歓迎だ。
いつでも来てくれよ?」
「ありがとっす!」
サッシェと男のやり取りを黙って聞いて居たノルンが、サッシェを急がせる。
「さあ、ご主人様が待っています。
屋敷に戻りますよ?」
「今行くっす!」
やたら元気な少女とメイドは、男に一礼すると、宿屋を後にした。
村外れの林、少し開けた広場の切り株に少女が座っている。
その少女を見ながら、僕は手元の紙にその構造を書き込んでいた。
「聖女さま、それって何してるの?」
「ああ、これかい?
これはリタのせっけい……こほんっ!
リタの絵を描いているんだよ?」
手持ち無沙汰なのか、リタが話しかけて来る。
僕はうっかりしかけるが、何とか上手くかわす。
まぁ、僕の手元を見て目を輝かせる姿を見れば、先程の失言も上手く誤魔化せたんだろう。
「えっ?
聖女さまって、絵も描けるの?」
「うん、造形に必須だからね?」
「……ぞうけいって?
それも絵なの?」
「まぁ、絵と言うか、世界の真理だよ。」
「ふ〜ん、良くわかんない!」
僕の言葉に深く考えることを辞めたのか、すぐに音を上げるリタ……
やはり、このくらいが一番僕を激らせるなぁ、とか考えながら適当に話す僕。
「あはは、リタにはまだ早かったかな?」
「もうっ!
聖女さままで子供扱いする!
私はもう12歳なんだから、洗礼式が終われば大人なんだからね?」
「洗礼式?
そんなモノあるのかい?」
「うん、12歳になったら、みんなで町の教会から来た神父さまに、お祈りして貰うの!
それが終わったら、村では大人。
結婚だって可能になるんだよ?」
「ふ〜ん、田舎の風習か何かかな?
あ、リタ、ちょっと後ろ向いて?」
「は〜い」
適当に話を合わせていたら、誰かが近付いて来た気配を感じたので、リタにはちょっとだけ後ろを向いて貰う。
子供の教育には悪いからね?
「じょ……「ちょっと待って!」」
何時もの野生動物かと思って消そうとしたら、焦った声でその動物が叫んだ。
……あれ?
「わ、私は怪しい者では無い!
貴女に質問があって来た。」
振り返って見てみると、20代前半くらい、黒髪ロングでスレンダーな美人さんが、焦った様子で両手を上げていた。
僕的には滾らないので、適当に相手してみる事にする。
「ふ〜ん、ストーカーじゃ無くて?」
「す、すと?
何だそれは?」
「ああ、こっちじゃ使われないのか……
じゃあ、変態さんでいっか」
「……良くない。」
僕の言葉に、心底嫌そうな顔をする女性。
紳士な僕は紳士的に友好を示してみることにした。
「それで、変態さんが僕なんかに何か用事?
あ、リタを狙っているなら……潰すね?」
「……どこをだ!」
「僕は、暇じゃないんだよ?」
「あ、いや……私からの質問は一つ、貴女は何なのだ?」
僕の言葉に、何故か真剣な顔になって質問して来る女性。
何言ってるかちょっとわかんないね。
なので、僕は何時も通りに名乗りを上げる事にする。
「ん〜、哲学の話をされても僕はわかんないけどさ。
あえて言うなら……」
「変態と言う名の紳士!だよね?」
「いえ、穀潰しのご主人様です。」
「料理の味より、盛り付けに煩い紳士っす!」
リタ、ノルン、サッシェ。
近くでなんかやってた二人が、ここぞとばかりに口を挟んできた。
「ヒッ!
い、いつの間に……」
「みんな酷いなぁ?」
驚く女性を尻目に、僕は取り敢えず苦情を言う。
「貴女、最近ずっと監視して居た方ですね?」
「わ、私は……」
いつの間にか女性の後ろに立ち、その首にナイフを当てたノルンが抑揚の無い声で確認する。
ノルンの言葉に、冷や汗をかきながら口を開いた女性の言葉を遮る様に、サッシェが何かを思い出して話す。
「ああっ!
アレっす!
ノルンさんが言ってた素人探偵の方っすね?
余りにも下手なんで、実はわざとじゃないか?って深読みしてたっす。」
ノルンは、サッシェの話に肩をビクッとさせる。
「って事はさ、ノルンってば深読み外した?」
「ノルンさん、『アレは逆にプロの仕事』とか言ってたっすよ、ご主人様!」
「マジで?
ノルンそんな事言っちゃってたんだ?」
僕とサッシェのやり取りに、リタも口を開く。
「私にも『危険な相手かもだから、目の届く所に居なさい』ってノルンさん言ってたよ?」
「ねぇねぇノルン?
今どんな気持ち?
予想外れてどんな気持ち?」
サッシェとリタの話を聞いた僕は、ニマニマとノルンの顔を覗き込んで問い掛ける。
「……。」
ノルンは、女性から離れて俯いている。
その肩がプルプルと震えていたが、サッシェが腹を抱えて笑う。
「プププッ!
あのノルンさんが、真面目な顔で、警戒したらコレっす!」
「へいへいっ!
今の気持ちを声に出して!
貴女の気持ちを、さあっ!」
笑い転げるサッシェを尻目に、僕もニマニマとしながらノルンの感情に訴えかけてみる。
「……です。」
俯き震えるノルンが、両の拳を握りしめる。
それに気づかない僕たちは、更にノルンを煽る。
「ん?
聞こえないなぁ?
さあ、もっと大声で、溢れるパッションを乗せて!」
「そうっす!
パッションっす!」
顔を上げたノルンが、拳を握り締めて涙目で叫ぶ。
「今すぐアレを消します!
その後は貴女達です!」
「「「ノルン(さん)がキレたぁ(っす)!」」」
……結果、サッシェと一緒に顔の形が変わるまでボコられた。
うん、これは解せる。




