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聖女扱いされていますが、景観を守っているだけの紳士です 〜美しくないものを整えていたら、少しずつ世界がおかしくなりました〜  作者: 葱市場


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28/30

第29話 「誰かのための幸せ」

 同じ宿に泊まるリツィアに声をかけて、全員で宿を出た瞬間、違和感はあった。

 なんというか、昨日までと違い空気が軽い、いや……軽すぎる気がした。

 

「ホルツさん!

 今日も素晴らしい一日ですね!」

 

 満面の笑みで話しかけてくる顔馴染みの男に、ホルツは足を止めた。

 

「……ああ」

 

 短く返す。

 確かに笑っているが――

 

(……目が死んでるな)

 

 男の横を通り過ぎる。

 別の女が同じように笑った。

 

「エヴォナの園に祝福を」

 

 ぴたりと、ホルツの足が止まる。

 

「……なあ、最近何かあったか?」

 

 問いかけるが……女は、やはり同じ笑顔のまま――

 

「はい!

 とても幸せです!」

 

 その言葉は、答えになっていなかった。

 

「……ちっ」

 

「……なんか、変っす」

 

 サッシェが、ホルツの袖を掴む。

 

「みんな……同じ顔してるっす。

 前に来た時は、こんなじゃなかったっす!」

 

「観察力は悪くないわね」


 リツィアが、いつの間にか一歩前に出ていた。

 

「強制的な精神誘導……。

 いえ、もっと強い何かですね。

 かすかに、魔力に似た何かの残滓を感じる。」

 

「どういうことだ?」

 

「おそらく、何かで意思そのものを書き換えているわ」

 

 リツィアの淡々とした説明に、ホルツの拳がゆっくりと握られる。

 

「……違うな、これ」

 

 ぽつりと呟く。

 

「笑ってりゃ幸せってか?」

 

 見知った村人たちを見る。

 同じ笑顔に同じ声と同じ言葉……。

 記憶にあるものと違う……。

 

「ふざけんなよ……」

 

 低く、滲むような怒りを現す。

 

「こんなの、“生きてる”って言わねえだろ!」

 

「……ふむ。」

 

 軽い声だった。

 

「これは便利だね」

 

 聖女が、興味深そうに村人を眺めている。

 

「余計な悩みが無くなるなら、有りなんじゃない?」

 

「……それ、本気で言ってんのか?」

 

 ホルツが聖女を睨みつける。

 

「うーん、定義次第かな?」

 

 そんなホルツに肩を竦めてみせる聖女。

 そこに、サッシェが割って入る。

 

「私はイヤっす!

 こんなの……気持ち悪いだけっすよ」

 

 その言葉に、聖女は少しだけ視線を動かした。

 もう一度、村人たちを見る。

 笑っている。

 ヘラヘラとずっと笑っている。

 

「……まあ確かに、ちょっと僕の美意識的には無しだね」

 

 聖女は軽く言う。

 だが、ほんの僅かだけ温度が下がった。

 

「おやっさんが昔、俺に言ってたんだ。

 ……自分がやったことに、責任取るのが大人だと」

 

 ホルツが言う。

 視線は村の奥へ向けたまま。

 

「でもな、これはそれ以前の話だ」

 

 振り返り、その声が強くなる。

 

「神だか何だか知らねえが――

 人を勝手にいじくる権利なんざねえ!」

 

 拳を固く握り締め、深く息を吐く。

 

「これはな――“人としての意地”だ」

 

 その言葉は、重かった。

 聖女は少しだけ目を細める。

 

「……へえ」

 

 聖女は小さく呟く。

 その時、村人の一人がふらりと近づいてきた。

 

「あなたも、楽になりましょう」

 

 同じ声に同じ笑顔で――。

 ホルツが手で制する。

 

「……どこだ?」

 

 低く問う。

 

「その“祝福”とやらは、どこで受けた?」

 

 村人は一瞬、間を置いてから嬉しそうに――

 

「教団が、導いてくださいます!

 さあ、貴方も正しい教えに還りましょう。」

 

 目を輝かせ答えた。

 その様子に、リツィアが頷く。

 

「発信源はそこね」

 

「だろうな……行くぞ?」

 

 ホルツは迷わなかった。


「えー、面倒くさ……」

 

 聖女がぼやく。

 

「お前が始めたことだろう、逃げるのか?」

 

「逃げるっていうか、興味ないだけだけど?」

 

 肩を竦める。

 少しだけ、考えるように視線を上げて――

 

「……まあでも、ここまで醜悪だとさすがにね」

 

 一歩、前へ出る。

 

「僕ってさ、放置して後で面倒になるの嫌いなんだよね」

 

 それだけ言って、歩き出した。

 ホルツが鼻で笑う。

 

「素直じゃねえな」

 

「僕だからね?」

 

 軽く返す。

 サッシェが小さく呟く。

 

「……怖いっす」

 

 その呟きを誰も否定しなかった。

 そのまま三人は、村を後にする。

 背後では――

 

「エヴォナの園に祝福を」

「エヴォナの園に祝福を」

「エヴォナの園に祝福を」

 

 同じ声が、重なり続けていた。

 村に昔からあった教会は、既に教団の施設と成り果てており、静かに佇んでいた。

 ――不気味なほどに。

 ホルツが扉を開けた瞬間、柔らかな光が目に入る。

 優しく穏やかで、古い天窓から光が降り注ぐ。

 ――そして、どこか不自然な空間。

 

「……気持ち悪いっす」

 

 サッシェが小さく言う。

 

「見た目は……前のままですね」

 

 リツィアが辺りを見回して呟く。

 奥へ進む……。

 村人たちがいるが、ホルツたちを見ても誰も騒がない。

 その目は、現実を見ていないのか誰も疑わない。

 ただ、同じ顔で微笑んでいた。

 

「……なるほどねぇ」

 

 聖女が呟き、足を止める。

 視線の先には――

 巨大な球体があった。

 淡く光るそれは、まるで神聖な何かのように見える。

 

「って……あれ?」

 

 一歩、近づきじっと見つめる。

 

「これ……なんか見覚えあるなぁ」

 

 さらに近づき、手を伸ばして触れる。

 その瞬間――

 脳裏に、光景が走る。

 無機質な部屋。

 何も考えず、ただ手をかざす自分。

 何度も、何度も、同じ動作。

 ――浄化。

 

「……は?」

 

 思わず、声が漏れる。

 

「これ……」

 

 もう一度触れて、確信する。

 

「僕、これ知ってるやつじゃん!」

 

 ――沈黙。

 ホルツが眉をひそめる。

 

「おい、どういうことだ?」

 

「……これ、僕の魔力だよ」

 

 聖女が軽く言う。

 だが、声はいつもより少しだけ低い。

 

「僕の浄化を……溜めてる」

 

 リツィアが即座に反応する。

 

「確かに、蓄積型の術式……さらに増幅まで」

 

「で、それを――ばら撒いてるみたいだね」

 

 周囲を見ると、同じ顔の人間たち。

 

「……あー、そっかこれ、“雑”なんだ」

 

「雑?」

 

 ホルツが聞き返す。

 

「本来さ、僕の浄化って“人ごとに違う”んだよね。

 ほら、僕って繊細だからさ?」

 

 指で球を軽く叩く。

 

「でもこれ、全部同じにしてる」

 

 ホルツの顔が歪む。

 

「だから……ああなってんのか?」

 

「うん」

 

 あっさり肯定する。

 

「消してるんじゃないね」

 

 少しだけ、目を細める。

 

「都合よく書き換えてるんじゃないかな?」

 

 サッシェが震える声で言う。

 

「それって……」

 

「そう、もはや浄化じゃないね。

 これってさ、ただの“量産品”だよ」

 

 軽く笑う。

 でも、その目は笑っていなかった。

 そしてポツリとこぼした。

 

「……あーあ。

 やり方、最悪だなこれ……」

 

 一拍。

 球を見上げたまま、呟く。

 

「……っていうかさ……これ、僕のせいじゃん」

 

 その言葉に、空気が止まった。

 ホルツが何か言おうとして――口を閉じる。

 聖女は、しばらく無言だった。

 やがて、肩を竦めて独り言ちる。

 

「……参ったなぁ、これって逃げ場ないじゃん」

 

 少しだけ笑う。

 でも――

 その目は、完全に変わっていた。

 軽さが消えている。

 

「……これ作ったやつ、絶対わざとだ」

 

 ゆっくりと、外を見る。

 そして――

 

「――会いに行こうか」

 

 その一歩は。

 さっきまでとは、少しだけ違う重さを持っていた。

 

 ――森を抜け、さらに奥へ。

 人の気配が消えた頃、空気が変わった。

 それは境界を越えたという事実を示していた。

 教団本部――

 彼らが言うところの聖域と呼ばれる場所。

 かつての聖女の屋敷を中心に、歪に広がる空間。

 見慣れた門を越えた瞬間。

 整いすぎた庭が広がっていた。

 雑草一つなく、風すら迷うような静けさ。

 中央には古い屋敷。

 その周囲を、後付けのような礼拝堂や回廊が取り囲んでいる。

 ――継ぎ足して、歪んだ聖域。

 聖女の足が、止まった。

 村で見た物より小さな球体。

 

「……これ」

 

 小さく呟く。

 満ちているものに、触れる。

 

「……知ってる魔力だ」

 

 静かな声。

 誰も、何も言わない。

 

「……有紗かな?」

 

 聖女は手を伸ばし残滓に触れた瞬間。

 ――流れ込む記憶の残滓。

 

『守りたかった』

『幸せにしたかった』

『もう、あんな顔させたくない』

 

 ――途中で掻き消える。

 

「……あーあ、これはやっちゃったね、有紗?」

 

 軽い声でそこに居ない人物に話しかける。

 だが、目は笑っていなかった。

 少し進むと、ホルツたち侵入者に気付いた信徒たちが武器を手に集まり、ホルツたちの行く手を遮る。

 だか、ホルツたちはそのまま踏み込む。

 それを合図に、信徒たちもまた動いた。

 

「エヴォナの園に祝福を!」

 

 同じ声、同じ表情で……。

 

「――行くぞ!」

 

 ホルツが先頭に立って斬り込む。

 怒りのままに薙ぎ払い、サッシェが叩き潰す。

 そして漏れた敵をリツィアが処理する。

 その中で――

 聖女だけが、反撃せずに信徒の攻撃を軽くいなすだけだった。

 だが、掴まれる。

 

「聖女様、これが幸せです」

 

 死んだ目で言う信徒。

 

「苦しみは消えました。

 もう、考えなくていいんです」

 

 その言葉と顔を見た聖女が止まる。

 

「……あ……これ、ダメだ」

 

 低く、はっきりと言うと、信徒の手を振り払うと、距離を取る。

 

「……やったことに責任を取るのが大人、でしょ?」

 

 ホルツの言葉をなぞる。

 

「これは、僕の仕事だ」

 

 聖女の中で完全にスイッチが入る。

 信徒たちを無力化したホルツたちは、更に奥へ進む。

 段々と空気が濃くなる。

 

「……近いな」

 

 その時――前方に、二つの影が現れる。


「……私は、待つように言ったはずですが?」

 

 ノルンだった。

 変わらない声音……だが、その立ち方は“完全な敵”としてだった。

 その隣、ラティが軽く首を鳴らすと口を開く。

 

「はーはっはっはっ!

 なんだかわからんが、私の正義がここだと言っている!」


「……なんでお前がいるんだよ?」


 ホルツが嫌そうにラティに話しかける。


「わからん!」


「なんでわかんねえんだよっ!」


「……ふふふふ。

 言葉は無粋、剣で語れと言うやつだ!」


「……相変わらず無茶苦茶だな」

 

 冗談みたいな口調だが、逃がす気は一切ないという態度で剣を構えるラティ。

 ため息を漏らしてホルツが前へ出る。

 サッシェもホルツの隣に並ぶ。

 リツィアと聖女は一歩後ろに下がり、相手に備える。

 そして、聖女がノルンに話しかけた。

 

「……ノルン、僕と一緒にいこ?」

 

「っ!……それは、出来ません。

 ……私は、姉ですから。」

 

 即答。

 空気が張り詰める。

 その一瞬で、全員が理解した。

 ここで止まる。

 ここで分かれる。

 ホルツが、横目で聖女を見る。

 

「……行け」

 

 短い。

 それで十分だった。

 サッシェが笑う。

 

「こっちは任せるっす!」

 

 リツィアは何も言わない。

 ただ、術式の展開準備に入る。

 聖女は、覚悟を決める。

 頷きもせずに、そのまま前へ出る。

 次の瞬間、ラティが動いた。

 一直線に聖女へ。

 その速さに、聖女が驚きの声をあげる。


「ちょっ!」

 

 だが――

 

「――通さないっす!!」

 

 ラティの進路にサッシェが躍り出る。

 互いに、正面から力で潰しにかかる。

 鈍い衝撃音に、ラティが笑う。

 

「ふはははははっ!

 私の一撃を止めるか!

 いいぞ、我が正義とキサマの正義。

 どちらが正しいか勝負だ!」


「この人めんどくさいっす!」

 

 ラティとサッシェが完全に噛み合う。

 それと同時に、ノルンが踏み込み最短の一撃を繰り出す。

 それを――ホルツが受け止めた。

 火花が散り押し合いとなる。

 背後で、リツィアが静かに呟く。

 

「――連弾!」

 

 リツィアの声と共に、リツィアの上空に五つの小さな魔法陣が展開され、そこから連続で火球が発射される。

 リツィアの狙い通りに、その火球は聖女とノルンとの間の距離を引き離す。


「……リツィアさんの魔法……厄介ですね。」

 

 だから――聖女は走る。

 一切振り返らずに、ただ、屋敷へ最短で。

 庭園を抜け、音が遠ざかる。

 戦いの気配も、徐々に消えていく。

 やがて――屋敷の扉の前に辿り着く。

 立ち止まる。

 目の前には重い扉。

 その向こう。


「……いるね」

 

 はっきりと感じる。

 その逃げようのない気配。

 聖女は、少しだけ目を細めた。

 

「……さて」

 

 小さく息を吐く。

 

「今度は、ちゃんと話そうか?」

 

 扉に手をかける。

 躊躇はない。

 そのまま――扉を、開けた。


 扉の内側は、白かった。

 壁も、床も、柱も、磨き上げられたように均一で傷一つない。

 だが――新しくはない。

 見慣れた造りのまま――だが、聖女のその記憶よりも新しすぎる。

 まるで、一度すべてを作り直したかのように、均一に整えられている。


 窓から差し込む光は柔らかい。

 影は薄く、輪郭が曖昧になる。


 ――整いすぎている。

 その空間に彼女は佇んでいた。


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