表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女扱いされていますが、景観を守っているだけの紳士です 〜美しくないものを整えていたら、少しずつ世界がおかしくなりました〜  作者: 葱市場


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/30

第26話 「僕、悪くないもん!――だから世界が悪い」

 夜も更けた頃、宿屋の扉が乱暴に叩き開けられた。

 

「……ホルツっ!

 ホルツはいるかぁぁあっ!」

 

 静まり返っていた食堂に、場違いなほど大きな声が響く。

 カウンターで帳簿をつけていた主人が顔を上げ、怪訝そうに眉をひそめた。


「……聖女様?」

 

 入口に立っていたのは、一人の少女だった。

 息を切らし、髪は乱れ、外套もどこか引き裂かれている。

 ――聖女。

 そう呼ばれていた面影は、そこにはほとんど残っていなかった。

 

「……ホルツなら二階の角部屋に――」

 

 主人が短く告げると、聖女は礼も言わずに駆け出す。

 階段を上がる足音が、やけに大きく響いた。

 

 廊下の一番奥、角部屋の前で立ち止まり、扉を叩く。

 

「ホルツ! いるでしょ!」

 

 返事はない。

 

「開けてよ!」

 

 苛立ちと焦りが混じった声。

 そのまま蹴飛ばし、ドアをこじ開けた部屋の中で、男が一人、椅子に腰掛けていた。

 

「……相変わらずだな」

 

 短いため息。

 だが、その視線はすでに状況を測っている。

 聖女は一歩踏み出して――止まった。

 言葉が、続かない。

 さっきまで、あれだけ頭の中で渦巻いていたはずの言い訳も、怒りも、全部がどこかへ消えていた。

 代わりに出てきたのは――

 

「……追い出された!」

 

 それだけだった。

 

「……僕、追い出されたの!」

 

 ぽつり、と繰り返す。

 ホルツは何も言わない。

 ただ、じっと見ている。

 

「ねえ……」

 

 一歩、近づく。

 

「ねえ、僕は悪くないよね?」

 

 その声は、弱かった。

 

「だってさ、必要だっただけだよ。

 みんな喜んでたし……」

 

 言葉が、少しずつ速くなる。

 

「ちゃんと役に立ってたしさ、あれもこれも……

 むしろ、喜ばれることしかしてないじゃん?」

 

 笑おうとする。

 だが、うまくいかず視線が揺れる。

 

「なのにさ、急に……なんか怒られて、さ……。

 意味わかんなくて……」

 

 そこまで言って、ふと止まる。

 ホルツは、まだ何も言っていなかった。

 

「……ねえ?

 なんか言ってよ……」

 

 短い沈黙。

 

「……で、今回は何をやった?」

 

 ようやく返ってきたのは、それだけだった。

 

「え……?

 いや、だから……」

 

 聖女は、言葉を探す。

 

「ちょっと、使っただけで……

 ほら、前に言ってたやつあるじゃん?

 あれとか、その……色々」

 

 曖昧な説明が続く。

 

「でもさ、どうせ必要なものだし。

 まとめて頼んだ方が楽だし……」

 

 自分でも何を言っているのか分かっていないような口調で続ける。

 

「そしたらさ、なんか……変な顔されてさ。

 書類?とか出されて、数字がどうとか言われて……。

 で、なんか急に、“これは問題です”とか言われてさ」

 

 不満そうに吐き出す。

 

「いや意味わかんなくない?

 だってさ、必要だっただけじゃん!」

 

 ホルツは腕を組み、少しだけ視線を落とす。

 

「……つまり、金か」

 

 短くまとめた。

 

「え?」

 

「また使いすぎたって話だな?

 お前、前にも屋敷の金とか使い込んで、ノルンに言われてただろ?」

 

「……でもさ、それってダメなの?」

 

 即答だった。

 聖女に迷いはない。

 本気で分かっていない顔をしていた。

 ホルツは一瞬だけ言葉を止める。

 

「……ダメかどうかは、立場次第だ」

 

「なにそれ?」

 

 納得していない顔で、当然のように言う。


「だって僕、聖女だよ?

 必要なことやってただけじゃん」

 

 ホルツは小さく息を吐いた。

 

「……紳士じゃなかったか?」

 

「え?」

 

「お前、自分で言ってただろ」

 

 ホルツは、聖女の顔をみながら淡々と続ける。

 

「“聖女? いいえ、紳士です”って」

 

 聖女が一瞬、固まる。

 

「……あっ!

 ……ん〜、……忘れてた」

 

「だろうな!」

 

 即答だった。

 そんな聖女に、呆れ顔でホルツが口を開く。

 

「金に溺れて、看板落としてる聖女なんて、俺は初めて見たぞ?」

 

「いやでもさ、戻ればまた聖女だよね?」

 

 何の疑いもなく言う。

 

「だって僕、ちゃんと人気あったし」

 

 ホルツは何も言わない。

 ただ、見ている。

 

「……もう違う」

 

 静かに、短く断言する。

 

「え?」

 

「お前がいた場所は、もう別物だ」

 

 それだけ、それ以上は言わない。

 沈黙が落ちる。

 

「……どうしよう」

 

 ぽつりと呟く。

 だが、その言葉にはまだ現実味が無かった。

 

 同じ頃、屋敷の裏庭。

 月明かりだけが、静かに地面を照らしている。

 

「……ええ、姉様たち……心配しないで……全て順調です」

 

 有紗は、誰もいない空間に向けて言う。

 

「問題はありません。

 キチンとお父様は逃しました。

 予定通り、進行しています」

 

 淡々と。

 事務的に。

 瞳に狂気と愛情を宿らせ。

 

「……ええ」

 

 短く答えるその声が、わずかに沈む。

 空気が変わり、言葉が滲む。

 

「――あの女が……アイツが、お父様を……」


 握り締めた拳が軋む。

 

「忘れていません……。

 忘れるわけがないっ!」

 

 眉間に皺が寄り、眼光が鋭くなる。

 

「私たちを見なくなった、お父様のあの目……。

 光を失っていく瞳、崩れていく身体――」

 

 呼吸が乱れ、拳が震える。

 

「姉様たちは、声も出せずに……。

 ……あの時を――」

 

 瞳を強く閉じる。

 

「絶対に絶対に、忘れてやるものか……!」

 

 ――ぱち、ぱち、と、軽い拍手の音が響く。

 

「ええやん、その顔」

 

 ロキが、いつの間にかそこにいた。

 

「ようやく出してきはったなぁ?」

 

 笑っている。

 有紗は振り返らない。

 否定もしない。

 

「――なぁ?」

 

 ロキが一歩近づき、軽い口調で楽しそうに笑う。

 

「復讐ってな、一人でやると地味やねん。

 どうせなら、スケール大きくした方がウケるで?」

 

 有紗はその言葉に、沈黙で答える。

 

「簡単な話や、世界ごと巻き込んだったらええねん」

 

 軽い、あまりにも軽い言葉だった。

 有紗の瞳がわずかに動く。

 

「……既に、そうなっています」

 

 静かな返答に、ロキは満足そうに頷く。

 

「せやろなぁ……。

 ほな最後に一個だけ――」

 

 そう言って指を立て、ニヤリと笑う。

 

「“正しいこと”にしとけばな、誰も止めへんで?

 みんな大好き正義の味方や、話も早いしな。」

 

 有紗は目を閉じる。

 

「……契約、守ってくださいね?」


「大丈夫、ボクは約束は守るねん。

 あの女神と違うてな?」

 

 それで十分だった。

 ロキは背を向ける。

 

「ほな、楽しみにしとる。

 そうそう……途中で辞めたは無しやで?」

 

 一瞬の凄みの後、その気配が消え静寂が戻る。

 有紗はただ、虚空を見つめていた。



 

 外の世界では、既に流れが出来ていた。

 王国が虐殺した。

 教団は正しい。

 救った者たちは、善だった。

 そして――聖女は、横領で追放された。

 誰かが言い出し、誰かが広め、誰もが信じる。

 それが“正しさ”になる。

 


「――整列」

 

 短い号令。

 ノルンの前に、武装した者たちが並ぶ。

 

「報告を――」

 

「――対象、排除済みです」

 

 淡々とした声。

 ノルンは一瞬だけ目を閉じ、思考する。

 

「……想定より早いですね」

 

 小さく呟き、視線を上げる。

 

「被害は?」

 

「軽微です」

 

「なら問題ありません。

 予定通り進めてください」

 

 即座に判断を下す。

 

「次は?」

 

「隣接区域の神殿を制圧予定です。

 あと、聖女さまが行方不明になりました」

 

 わずかな間。

 だがそれは“驚き”ではなく、“整理”の時間だった。

 

「……そうですか」

 

 静かに頷く。

 

「では、優先順位を変更します。

 神殿制圧を継続。

 ――ご主人様の件は、現状では対応不要と判断します」

 

 迷いはない。

 

「現在の流れに支障はありませんので……」

 

 そして、ほんの少しだけため息を落とす。

 

「……どうせまた、使い込みでしょうね」

 

 

 

 夜は進む。

 一人は、場所を失い。

 一人は、世界を歪め。

 一人は、それを楽しむ。

 

 そして――

 

「……どうしよう。

 あれって、払わないとダメなやつだっけ……?」

 

 小さな声が、部屋に落ちる。

 初めての言葉。

 選ぶ側ではなく、選ばれる側の言葉。

 その外では、すべてが加速していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ