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聖女扱いされていますが、景観を守っているだけの紳士です 〜美しくないものを整えていたら、少しずつ世界がおかしくなりました〜  作者: 葱市場


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第25話 「みんな正しいから問題ありません」

 王都近郊での一件は、教団にもすぐに伝わり、信徒たちを中心に付近の村々へと波及した。

 

「……聞いた?」

「うん……いっぱい、死んだって……」

 

 ざわつく人々の中で、一人の女がぽつりと呟いた。

 

「……でもさ」

「なに?」

「逃げればよかったんじゃないの?」

 

 一瞬、その場の空気が止まる。

 

「……は?」

「だって、危ないって分かってたんでしょ?」

 

 言い終わる前に、別の声が被さる。

 

「それでも行ったんだよ!」

「聖女さまのために!」

「それを殺すとか、やっぱおかしいって!」

「そうだよ、逃げるとかそういう話じゃないでしょ!」

 

 先程の女は、何か言い返そうとして――やめた。

 周囲の視線が、明らかに変わっていた。

 

「……ごめん」

 

 小さく呟くと、すぐに空気に飲まれる。

 

「やっぱり、王国が悪いよ」

 

 その結論に、誰も逆らわなかった。

 

「……可哀想だよね」

「うん……」

「だって、私たち、何も悪いことしてないじゃん!」

「ただ、病に苦しむ人たちを助けただけで……」

 

 別の誰かが口を開く。

 

「それを殺すってさ……おかしくない?」

「……おかしい」

「王国の方が、よっぽどおかしいよ!」

 

 ざわめきが、ゆっくりと形を持ち始める。

 

「じゃあさ……やっぱり、聖女さまが正しいってことじゃん」

「うん……そうだよっ!

 私たちは正しい!」

「「そうだ!

 間違っているのは王国、腐った貴族と偽りの教えだ」」


 妙にタイミングよく合いの手が入る。

 だが、場の空気に流される信徒たちに、その違和感は感じられ無かった。

 

 

「ねえねえ、これも頼んでいいかな?

 これもいいなぁ……」


 聖域の屋敷。

 机いっぱいに広げられた紙を前に、聖女が楽しそうに声を弾ませる。

 サッシェも楽しそうに同意した。

 

「それ絶対美味いやつっす!」

 

「ねえ、これさ、毎日食べても飽きないかな?」

 

「むしろ毎日食べたいっす!」

 

「じゃあ定期で頼んじゃう?」

 

「いいっすね!」

 

「……あ、でもさすがに多い?」

 

「何言ってるんすか、足りないくらいっすよ!」

 

「それもそっかぁ」

 

「いいっすよ! どうせならまとめて頼んじゃいましょう!」

 

「だよねー。どうせなら全部試したいし」

 

 さらさらと書き足されていく品目。

 

「この前のやつも美味しかったし……あ、これ絶対合うじゃん」

 

「それヤバいっすよ、私も気になってたやつっす!」

 

 笑いながら、品目がどんどん増えていく。

 

「……お金、大丈夫かな?」

 

 言いながらも、手は止まらない。

 

「何言ってるんすか。聖女さまっすよ?」

 

「……そっかぁ」

 

 少し考えて、すぐに笑う。

 

「じゃあいいや!」

 

 紙は、もう半分以上埋まっていた。



 教団の謁見室。

 普段は有紗が常駐し、様々な問題を差配する場所。

 だが、今日は珍しく聖女が用意された椅子に座っていた。

 

「……ノルン」

 

「はい、ご主人様。」

 

 呼ばれてすぐ、ノルンは深くお辞儀をする。

 

「なんかさ、最近ちょっと怖いじゃん?」

 

「……怖い、ですか?」

 

「だからさ、アレだよ。

 僕たちみんなを守ってくれる存在っていいじゃん?」

 

「――承知しました」

 

 即答だった。

 

「……あとさ、魔物とかさ……ああいうの、もう来たら面倒だからやだしね」

 

「排除します」

 

 その声に、一切の迷いはない。

 

「うん、よろしくね?」

 

 聖女は軽く頷いた。

 その日以降、教団の周囲で「魔物を見た」という報告はぴたりと止んだ。

 

「――ご主人様の仰せのままに」

 

 誰もいない廊下で、有紗が小さく呟く。

 その表情は、いつも通り穏やかだった。

 

「ご主人様が望まれる形に整えるだけです」

 

 有紗は静かに歩き出す。

 

 

 王都近郊の街道から外れた村に、小さな神殿が一つ建っていた。

 その神殿には、いつもと変わらない朝が来ていた。

 

「おはようございます、神官様」

 

「ああ、おはよう。今日は巡回の日だったな?

 人々の献身に感謝しつつ、お布施はしっかりと回収するように」

 

 穏やかなやり取り。

 誰もが、それが続くものだと疑っていなかった。

 入口の扉が、軋んだ音を立てて開く。

 

「……誰だ?」

 

 振り返った神官の言葉に、返事はなかった。

 代わりに、静かな足音だけが近づいてくる。

 

「――ここは、女神の」

 

 言い終わる前に、その声は途切れた。

 短い音が一つ。

 床に、何かが落ちる音。

 

「な、何が――」

 

 混乱が広がるより早く、次の音が響く。

 抵抗はあった。

 だが、それは“抵抗”と呼ぶにはあまりにも短かった。

 誰かが叫び、誰かが逃げ、誰かが祈る。

 けれど、それらはどれも意味を持たなかった。

 

 やがて音が止み、静寂が戻る。

 開いたままの扉から、朝の光だけが差し込んでいた。

 その光の中を、何人かの影が通り過ぎる。

 

「……完了しました」

 

 誰にともなく呟かれたその言葉は、風に溶けるように消えた。

 翌朝には、そこには別の旗が立っていた。


 

 

「へぇ……」

 

 村の酒場の片隅で、ラティが頬杖をつき聞こえてくる人々の話し声を聞いていた。

 

「なんかさ、ひどくない?」

「だろ? 女子供までやったって話だぞ」

「うわ……それは引くわ」

 

 少し考えて、あっさりと言う。

 

「じゃあさ、あっちの方が正しくない?」

「教団か?」

「うん」

 

 特に迷う様子もなく、ラティは立ち上り叫ぶ。

 

「今こそ、私の正義の出番だな!」


 急な叫びに、一瞬静まり返る酒場。

 

「は? おい、急だな」

「てか、あいつ誰だよ?」

「アレはよ、最近噂の頭のおかしい騎士もどきだよ。」

「……アレが?」

「しっ!

 おい、目を合わせるな!

 絡まれたら面倒だぞっ?」


「はーはっはっはっ!

 私の正義、見せてやろうではないか!」

 

 そう笑いながら、軽い足取りで店を出て行こうとするラティの腕をガッシリと掴んだ店員が一言。

 

「――お客さん、お代!」


「――あ、はい。」


 


「……あーあ」

 

 遠くからその流れを眺めながら、ロキが小さく息を漏らす。

 

「ほんま、好きやなぁ」

 

 暗い空間で、誰に向けるでもなくぽつりと呟く。

 くすり、と肩が揺れた。

 

「泣いて、怒って……最後は“正しい”やろ?」

 

 少しだけ首を傾げる。

 

「便利やなぁ、それ」

 

 目を細めるが、そこに感情は薄い。

 ただ、面白がっているだけだった。

 

「……まあええわ」

 

 興味が切れたように、軽く手を振る。

 

「転がるもんは、転がしとけばええ」

 

 そのまま背を向ける。

 

「どこまでいくか、あとで教えてや」


 その声は、どこまでも軽かった。

 その日から、教団の名を口にする者は増えていった。


 教団の門前。

 

「旅の方、ここはデヴォナの園。

 ――救済をお望みですか?

 もしくは、我々であなた様の助けが出来ますか?」

 

「ラティだっ!

 我が正義でキサマたちを助けに来たぞ!」

 

「……なんと、正義の……。

 聖女様、この出会いに感謝を!」


 ラティの言葉に感動した門番が、ラティに祈りを捧げる。

 

「うん、正義っぽいしな!」


 ラティは、その行動に満足そうに、小鼻を膨らませて断言する。

 

「……どうぞお通り下さいませ。

 貴方に聖女様の加護とお導きが在らんことを……」


 ラティは特に疑問も持たず、鼻息荒く中へ入っていった。

 門の中には、武器を持った人々が長い列を作っていた。

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