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聖女扱いされていますが、景観を守っているだけの紳士です 〜美しくないものを整えていたら、少しずつ世界がおかしくなりました〜  作者: 葱市場


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第23話 「神が望むことにする」

 その日、王城は朝から喧騒に包まれていた。


 昨夜、王都の冒険者ギルドから持ち込まれた一報は、その内容から上層部の頭を悩ませるには十分であった。

 一報が入ってから、王を中心に会議の場を設けたが、会議は進まなかった。


「まずは被害の正確な把握が必要です」

 

 口火を切ったのは財務大臣だった。

 

「現在備蓄されている薬品、治癒師の数、輸送路……

 どれも余裕がある状況ではありません。

 無計画に人員を動かせば、他の地域が崩壊します」

 

「……それでは遅いのだ」

 

 低く返したのは宰相。

 

「問題は“どこが崩れるか”ではない。

 “王が何もしていないと見られること”だ」

 

 室内の空気が、わずかに張り詰める。

 

「既に噂は広がっております。

 “王は動かない”“一部の民間組織だけが動いている”と」

 

「……噂で国は滅びぬ!

 無計画な行動こそが国を滅ぼすのだっ!」

 

 財務大臣がそう切り返すが、宰相が即座に断言する、

 

「だが信用は滅びる」

 

 即答だった。

 

「一度失われた信用は、薬よりも回復が難しい。

 民心が離れれば、貴族派どもは必ずそこに付け込む」

 

 その言葉に、数人の貴族がわずかに視線を逸らした。

 

「だからこそ、拙速は避けるべきだと申し上げている」

 

 だが、財務大臣も一歩も引かない。

 

「今ここで無理をすれば、

 王国そのものが立ち行かなくなりますぞ!」

 

「では、何もせず王権を削られるのを見ていろと?」

 

「……最悪を避けるためには、致し方ないことでしょう」

 

「違うな」

 

 宰相は首を振る。

 

「それでは“緩やかな死”だ」

 

 沈黙が場を包んだ。

 二人の視線が、同時に玉座へ向けられる。

 

「「陛下、ご裁可を」」

 

 王は、しばし目を閉じた。

 ——どちらも、正しいことはわかっている。

 魔族との争いで、財は尽きかけている。

 そして、王権もまた揺らいでいる。

 

(動けば削られ、動かなければ奪われる……か……)

 

 王はゆっくりと、息を吐き決断する。

 

「……段階的に動かす」

 

 短い言葉だった。

 

「まずは、小規模な治癒師団を派遣。

 同時に、王都においても対策を講じよ」

 

「しかし陛下、それでは——」

 

「分かっている――

 足りぬことも、遅いことも……」

 

 その声は、静かだった。

 

「だが今は、これが我が王国の限界だ……」

 

 それ以上は、言わなかった。

 いや、言えなかった。

 誰のせいで、この“限界”が生まれているのか——

 この場の全員が理解していたからだ。


 その頃、城下では確実に病は侵食していた。

 人々は教会へと足繁く通い、市場にはまだ多くの買い物客が見られたが、並ぶ商品の種類と量は減っていた。

 そんな市場をのんびり歩く少女が一人。

 背中に大きな鞄を背負い、メイド服にその身を包むその少女は、楽しそうにあれこれ見てまわっていた。


「さすがは王都っす。

 まだ使ったことない食材がいっぱいあるっすね……

 おっちゃん、これなんすか?」


「なんだ、嬢ちゃん。

 見ない顔だが、どっかのお屋敷のお使いかい?」


「そうっす。

 私サッシェと言うっす。

 ご主人のために王都までお使いに来たっす!」


「そうかあ、まだ若いのに大変だな。

 ちなみに、嬢ちゃんが聞いたのはチェリニアの実だ。

 見た目はアレだが、ちゃんと熟したやつは美味いぞ?」


「この緑色のつやつやした、うろこの塊みたいなのがっすか?」


「完熟期を選ぶのがちょいと難しいけどな、そいつは食べごろだぞ。」


「……おっちゃん、これ貰うっす。

 あと、四日後に食べるのにちょうど良いのも見繕って欲しいっす。」


「あいよ、毎度ありっ!」


「しかし、有紗も変な指示を出すっすね。

 市場で置いてある全種類を購入しての『王都の市場調査』だなんて、なんの意味があるんすかね。

 まあ、予算たっぷりだし、買い食いし放題、更にご主人にいいお土産が出来たからいいっすけど」


 その後も買い物を続け、ご機嫌で市場を去るサッシェだった。



 数日後の王城。

 煌びやかな調度品に囲まれた一室。

 長テーブルを囲む貴族たちの視線は、一人の男に集まっていた。

 

「つまり——

 このままでは、誰かが責任を取ることになる」

 

 静かな声だった。

 だが、その一言で空気が重く沈む。

 

「……何故だ」

 

 一人の貴族が苛立ちを滲ませる。

 

「疫病など、我らの与り知らぬこと。

 何故、高貴なる我らが責を負う必要がある」

 

「与り知らぬ……か」

 

 ハンツ公爵はわずかに目を細めた。

 

「では確認しよう」

 

 指を組み、ゆっくりと言葉を置く。

 

「疫病対策として計上された予算。

 あれは“どこへ消えた”のかね?」

 

 ハンツの質問に場が沈黙する。

 

「……横領、でございます」

 

 誰かが、絞り出すように答えた。

 

「そうか」

 

 ハンツはその答えに軽く頷き、次の質問を口にした。

 

「では、その横領の結果——

 本来備蓄されるはずであった薬は?」

 

「……存在しません」

 

「なるほど」

 

 満足げに微笑む。

 

「では民にこう説明するかね?」

 

 一同を見回す。

 

「“我らが使い込んだため、薬はありませんでした”と」

 

 誰も答えない。

 

「――言えぬな」

 

 あっさりと言い切った。

 

「当然だ。

 それは“理解されぬ事実”だからだ――。

 ――民は理由を求める。

 理解できる形でなければ、不信へと変わる」

 

 ゆっくりと、椅子にもたれかかる。

 

「不信は、やがてどこへ向かう?」

 

 誰もが、答えを知っていた。

 

「……王へ」

 

「その通り」

 

 ハンツは、予期していた答えに、満足そうに頷く。

 

「王が揺らげば、国が揺らぐ。

 そして——」

 

 視線が、わずかに鋭くなる。

 

「その責は、誰が負うのだね?」

 

 沈黙が、より重く沈んだ。

 

「……では、どうすればよいと言われるのだ」

 

 別の貴族が問う。

 もはや反論ではない。

 助けを求める声だった。

 

「簡単な話だ」

 

 ハンツ公は、穏やかに笑った。

 

「“理由”を用意してやればいい」

 

「……理由?」

 

「……そうだ。

 薬はあった、だが……奪われた」

 

 その言葉が、静かに落ちる。

 

「近頃、妙な教団が勢力を広げているな?」

 

「……デヴォナの園、ですか」

 

「そうだ」

 

 軽く頷く。

 

「教会を破壊し、民を囲い込み、

 あまつさえ薬を“無償で配っている”

 既に幾つかの教会から“被害報告”も上がっている。

 ——書類の上では、な」

 

 ハンツはそこで一旦区切り、口元を歪ませる。

 

「——実に分かりやすい!」

 

 誰も、口を挟まない。

 

「彼らが盗み、彼らが配る」

 

 指でテーブルを、軽く叩く。

 

「これほど“筋の通った話”もあるまい?」

 

「しかし……それでは」

 

 一人が、恐る恐る口を開く。

 

「無関係の者が、罪を——」

 

「無関係?」

 

 穏やかな声。

 だが、その瞬間——空気が凍る。

 ハンツ公は、ゆっくりとその男を見た。


「……名前は、何と言ったかね?」


「は……?」


「いや、失礼。

 ――覚えていなくてね」


 ハンツは優しく微笑む。


「だが安心したまえ。覚える必要もない。

 今回の件で、責を負うのは“覚えている名前”の者だけだ」


「……っ」


 言葉が、止まる。


「さて」


 何事もなかったかのように、視線を外す。


「話を続けよう――

 諸君は、この国に“無関係な者”がいると、本気で思っているのかね?」

 

「……っ」

 

「王に守られ、王に属し、王の庇護の下に生きる」

 

 一歩、言葉を進める。

 

「その枠から外れた時点で——」

 

 わずかに微笑む。

 

「それはもはや、“内”ではないだろう?」

 

 反論は、消えた。

 

「……選びたまえ」

 

 ハンツ公は、静かに言った。

 

「何もせず、不信に国を食わせるか?

 それとも……“理解できる敵”を用意し、秩序を守るか?」

 

 沈黙。

 長い、長い沈黙。

 

「……我らは」

 

 誰かが、口を開く。

 

「国のために、動くべきかと」

 

「ならば、諸君はただ署名をすればよい。

 “事実”として確定させるだけでいい」


「……署名?」


「そうだ、既に草案は用意してある。

 なに、忠義を示す……そのために必要なだけだ」


「ち、忠義を示すためならば……」

 

 ハンツが満足げに頷き、椅子から立ち上がる。

 

「では、決まりだ。

 国王陛下に奏上しよう。

 “我らの忠義の証”としてな」

 

 その言葉に、誰も異を唱えなかった。

 そうしてハンツ公爵たち貴族は、連名で王に迫りデヴォナの園を犯罪者として、国の討伐対象にしたのであった。


 


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