第22話 「有紗の半分は優しさで出来ています」
そこは聖域と呼ばれる場所。
限られた信徒のみが立ち入りを許された場所であり、聖女が暮らす場所。
先導され、整備された石畳の道を抜けると、豪奢な屋敷が建っていた。
リタのお披露目パレードが無事終わった後、聖夜祭が執り行われるまでの僅かな時間、ホルツたちはノルンの手により、屋敷にある聖女の控え室へと案内された。
重苦しい静寂の中、ホルツは扉の前で足を止めた。
「……本当に、ここでいいんだな」
その声は、これまでの彼からは想像もできぬほど弱々しかった。
「ええ、ですが――」
ノルンが何かを言いかけたその時、扉がひとりでに開き、中から声がかかる。
「やあやあ、よく来たね。
僕の教団のパレード、楽しかったかな?」
柔らかな声とは裏腹に、その場の空気は張り詰めていた。
全てが白に包まれた室内。
その中心で、聖女は気だるげにその身をソファに預けていた。
「……それで、今日は何の用かな?」
あまりにも軽いその言葉。
だが、その声の主を見た瞬間――
ホルツは跪いた。
「頼む……!」
床に額がぶつかるほど、深く頭を下げる。
「村を……助けてくれ……!」
沈黙。
部屋の空気が、わずかに揺れる。
「……村を?」
聖女は、ゆっくりと身を起こした。
「過疎化対策で観光地にしたいとか、そういう話?」
「違うッ!!」
ホルツの声が、裂けた。
その拳が震え、爪が食い込み血が滲む。
「カーミラが……あの子が倒れたんだ……!」
息が乱れる。
「昨日から……治癒師にはあと三日でと……っ」
言葉が途切れる。
絞り出すように、続ける。
「薬も効かねえ……祈っても無駄だった……」
顔は上げない、上げられない。
「……俺には、どうにもできねえ……!」
――沈黙。
聖女は、じっとそれを見下ろしていた。
「……ねえ」
聖女は静かに、問いかける。
「どうして、僕なんだい?」
空気が凍る。
「君たちは、僕のことを――
“胡散臭い聖女様”って思ってるんじゃなかったの?」
図星だった。
隣にいたリツィアが、息を呑む。
だが――
「……ああ、そうだ。
今でも、全部は信じちゃいねえ」
ホルツの言葉に、有紗の視線が鋭くなる。
「だがな……!」
歯を食いしばる。
「それでも縋るしかねえんだよ……!
疑っててもいい……罰も受ける……!
だから……!」
悲痛な声が漏れる。
「……助けてくれ……」
ホルツの目から涙が溢れた。
「全く、おじさんが泣いても需要ないよ?」
聖女は、小さく息を吐いた。
そして――笑いながら言った。
「いいよ、助けてあげる」
ホルツの肩がびくりと震えるが、気にせずにこやかに続ける。
「僕たちは友達でしょ?
君がそこまで言うなら、見捨てる理由はないさ」
「……すまない、恩に着る。
取り敢えず、早速だが村に来て欲しい――」
「――お待ち下さい。
ご主人様は予定が詰まっております。
村に行く時間的余裕はありません。」
ホルツの言葉を遮って有紗が淡々と述べたその内容に、ホルツが声を上げる。
「……なっ!
そちらの都合はわかるが、こっちは人の生き死にがかかっているんだ!
埋め合わせは必ずする……だから頼むっ!」
「そうは申されましても、今は教団の――」
面倒そうな顔で受け答えする有紗に、聖女が真面目な顔で指示を出した。
「……有紗、至急準備して?」
「ですが、ご主人様!」
「――有紗?」
抗議する有紗に、強い語気でそれを咎める聖女、二人を見かねたのかノルンが助け船を出す。
「ご主人様……ならば、教団から人員を出して今日中にこちらへ輸送されては如何ですか?」
「――それならば。」
有紗も、ノルンの提案に対して不承不承ながら同意した。
だが、未だ納得していないホルツがその案に食い下がる。
「こっちには動かせない病人だっている。
それをここまで連れて来いと言われても無理だ、死んでしまう!」
「……大丈夫です。
ご主人様が望んだことですので、私が全て完璧に整えてみせます。」
「うんうん、有紗に任せれば大丈夫だよ!」
「だが、しかし――」
「ホルツ、ここは任せましょう?」
「――そうだな。
すまないが、村人を頼む。」
リツィアの言葉に、幾らか落ち着いたのか、ホルツも了承を口にする。
「私からも……どうかお願いします。」
二人揃って深々と下げた頭を見て、聖女は慌てて頭を上げさせる。
「いやいや、そんな畏まらないでよ。
最初に言った通り、僕たちの仲じゃないか?
全て有紗が良い感じにやってくれるって!」
「「……ありがとう。」」
「それじゃあ、難しい話は有紗に任せて、夕食にしようよ!
サッシェが腕によりをかけて準備してるからさ、期待していいよ。」
その日は夕食を共にした後、明日からの流れを有紗と確認したホルツたちは、与えられた部屋で早めに床に入るのだった。
同じ頃、聖域の外れにある大きな倉庫で、ツェンは眠い目を擦りながら大きな台車の組み立てを行なっていた。
「……なんで私が、こんな肉体労働を……昨日から一晩中だぞっ!
これでは魔王軍より余程ブラックではないかっ!」
ぶつぶつと文句を言いながらも、魔法も駆使して次々と台車を組み上げる。
その速度と手際は、すでに職人の域に達していた。
「ツェン、それが終わったら次は布団を二十組作っておいてください。」
「あ、有紗さま……もう二日も寝ておりません。
せめて、せめて休憩をっ!」
悲痛な表情を浮かべて懇願するツェンに、有紗が微笑む。
「大丈夫です。
ツェン、貴女は類い稀なる才能を持った、選ばれし魔族です。
聖女で在らせられるご主人様の加護の下、貴女ならばきっと、ご主人様のご期待に応えられるでしょう。」
「この私が……聖女様の期待に……」
話を聞くツェンの瞳が濁る。
「そうです、ご主人様はツェン、貴女にこそ期待されておりますよ?」
ツェンは、有紗の優しげな声に、うっとりとした表情を浮かべる。
「しがない魔族である私を……やります、聖女様の期待に応えますっ!」
「……頑張ってくださいね。
聖女様はいつでも、貴女達の側におりますよ?」
にこやかな笑みを絶やすことなく、有紗はその場を後にした。
後に残ったのは、笑顔を浮かべて作業をするツェンだけだった。
翌日から始まったのは、村人の大移動であった。
デヴォナの園主体での村人の大移動では、教団から屈強な男たちが引く大きな台車で女子供と老人たちを運び、病人は担架で寝かせたまま慎重に運び込んだ。
それらの指揮はノルンが現場指揮を務め、魔物なども即座に狩り取っていった。
一行がデヴォナの園に着くと、すぐに病棟として整えられた建物に、症状ごとに割り振られ、そこでも教団の女性たちによって献身的な介護を受けることとなった。
そんな状況が二日ほど続き、ホルツはあてがわれた部屋でベッドに腰掛け、やっと一息ついていた。
傍には、同じく疲れた顔をしたリツィアが窓際の椅子に座っている。
「……なんとかなりそうだな。」
ベッドに腰掛け、視線を彷徨わせながらホルツが呟く、その声には焦燥が滲んでいた。
「ええ、些か手際が良過ぎる気はするけど、助かったのは否定出来ないわね。」
リツィアも、窓から外を眺めながら答える。
「……カーミラ、助かると良いな?」
「ええ、都合の良いことを言うけど、みんな助かると思いたいわ。」
「……これで良かったんだよな。」
「良いも悪いも……これしか無かったわ。」
二人の視線が交差することなく、言葉だけが行き交う。
部屋の窓から夕日が差し込む。
その光は、いつもより何故かとても赤く感じた。




