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聖女扱いされていますが、景観を守っているだけの紳士です 〜美しくないものを整えていたら、少しずつ世界がおかしくなりました〜  作者: 葱市場


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第21話 「みんな違って、いいんだよね?」

「ホルツ、ちょっと!」

 

 聖女の屋敷へと続く林道を、ホルツは足早に進んでいた。

 背後から呼び止める声が飛ぶが、振り返らない。

 

「ちょっと、ホルツってばっ!」

 

 次の瞬間、右肩を強く掴まれ、無理やり足を止められる。

 

「……なんだよ。

 俺は急いでるんだ、理由はわかってるだろ?」

 

 振り払うように言い放つと、リツィアは息を整えながら睨み返した。

 

「わかってるわよ。

 でも、少しは落ち着きなさい。

 昨夜から歩き通しなのよ?」

 

「それくらい、いつもの――」

 

 言いかけて、言葉が止まる。

 リツィアの視線が、子供を諭すように静かだったからだ。

 そこでようやく、ホルツは周囲に意識を向けた。

 荒い呼吸、重い足取り、自分が思っていた以上に消耗していることに気づく。

 

「……悪い。

 少し、血がのぼってた」

 

「……わかればいいのよ」

 

 リツィアは小さく息を吐いた。

 

「少し休みましょう?

 大丈夫、聖女ちゃんたちなら何とかしてくれるわ」

 

「ああ……そうだな」

 

 近くの岩に腰を下ろし、皮袋の水をあおる。

 喉を潤しながら、ホルツの脳裏に昨夜の光景が蘇った。


 

 発端は、ギルドマスターからの緊急招集だった。

 ――夜半。

 宿の扉を叩き壊さんばかりの音で叩き起こされたホルツは、即座に剣を手に取る。

 

「……誰だ?

 こんな夜中に、いったい何の用だ?」

 

 壁を背に、窓と扉の両方を視界に収める。

 

「ホルツ!

 私、リツィアよ!

 ギルマスから緊急招集よ!」

 

 聞き慣れた声に、ようやく力を緩める。

 

「……わかった。すぐ行く」

 

 ギルドには、すでに村に滞在していた冒険者たちが集まっていた。

 ざわめき、苛立ち、情報のない不安。

 そのすべてを断ち切るように、ギルドマスターが声を張る。

 

「……発汗熱が発生した」

 

 一言で、空気が凍りついた。

 

「近隣では死者も出ている。

 この村でも発症者が出た以上、時間の問題だ」

 

 誰かが息を呑む音がした。

 

「王都と領主には救援を要請済みだ。

 それまでの間、お前たちには薬草と解熱剤の材料を集めてもらう」

 

 短く、だが迷いのない指示。

 冒険者たちはすぐに動き出した。

 ――だが。

 

「ホルツ、リツィア。

 すまんが、お前たちは少し残ってくれ」

 

 呼び止められた二人が振り返ると、そこにいたのは――父親の顔をした男だった。

 

「……カーミラは?」

 

 ホルツの問いに、ギルドマスターは俯いた。

 

「治癒師が言うにはここ三日だ。

 そこが山だと言われている。」

 

 震える声。

 

「熱が下がれば助かる。

 だが、そうでなければ――

 あの子が何をしたと言うんだ!

 あの子の母もそうだ。

 何故、親子揃って――」

 

 言葉が途切れ、代わりに涙が落ちた。

 

「頼む……!」

 

 顔を上げる。

 

「聖女を……聖女さまを連れてきてくれ。

 あの方なら、何とかできるんじゃないかと……そう思ってしまうんだ」

 

 ギルドマスターとして失格だ、とでも言いたげに歯を食いしばる。

 

「ここにいるべきだとわかっている。

 だが――それでも」

 

 ホルツは、息を吐いた。

 

「――任せろ」


 ホルツの顔に、決意が滲んでいた。


 ――そして現在。

 

 晴れ渡る空の下、大森林の奥に築かれた『デヴォナの園』は、祝祭の色に染まっていた。

 村の道という道は、すでに大勢の人で埋め尽くされている。

 いや――正確には、ほぼ“信徒”で埋め尽くされていた。

 整然と並び、笑みを浮かべ、同じ方向を見つめる人々。

 その視線の先を、ゆっくりと一台の馬車が進んでいた。

 二階建ての、豪奢な馬車。

 白を基調に金の装飾が施され、側面には聖女を模した絵が描かれている。

 車輪が回るたび、取り付けられた小さな鈴が涼やかな音を鳴らした。

 そして――その上。

 

「うわーっ!

 すごいすごい、人いっぱい!」

 

 身を乗り出すようにして人々に手を振る聖女に、下から歓声が湧き上がる。

 

「聖女さま万歳!!」

「導きを!!」

「美しき御方に祝福を!!」

 

 まるで波のように揃った声。

 寸分の狂いもないその熱狂は、どこか“作られたもの”のようでもあった。

 その中で――

 ほんの一瞬だけ、笑顔を崩しかけた男がいた。

 男の額には汗が滲み、明らかに顔が赤かった。

 だが次の瞬間、何事もなかったかのように、男は再び同じ笑みを浮かべた。

 

「ご主人、落ちると危ないっすよ!」

 

 慌てて裾を掴むサッシェの隣で、もう一人――

 

「ふふ……これが、わたくしのお披露目……」

 

 リタが、恍惚とした表情で目を細める。

 風に揺れる髪。

 整えられた衣装。

 森であった頃の無邪気な姿と違い、その姿は確かに“聖職者”として完成されていた。

 

「どうっすかリタ様?

 なんかすごいっすよね!」

 

「ええ……ええ……なんて、美しいのでしょう……!

 まるで、すべてが正しい形に戻っていくよう……。

 これが、お姉ちゃんの作る世界……。」

 

 頬に手を当て、震えるように呟くリタ。

 その視線は下の群衆ではなく――どこか遠く、理想の光景でも見ているかのようだった。

 

「ねぇねぇ、もっと手を振ろうよ!ほら!」

 

 無邪気に笑う聖女に引っ張られ、サッシェとリタも手を振る。

 三人の動きに呼応するように、信徒たちの歓声はさらに大きくなる。

 花びらが舞う。

 街路樹に登った人々が、みな笑顔で祝福の花弁を撒く。

 白と淡い桃色の花弁がひらひらと空を漂い、馬車と群衆を優しく包み込んだ。

 同時に、後続の馬車から楽団の音が響く。

 弦楽器と管楽器が織りなす軽やかな旋律。

 祝祭にふさわしい、明るく華やかな音色――

 なのに。

 耳触りが良く、無抵抗に心の奥に侵食するような、微かな違和感があった。

 

「……なあ」

 

 その光景を、少し離れた家の屋根に立って見ていたホルツが、ぽつりと呟く。

 

「なんだあれ……」

 

 腕を組み、呆然と立ち尽くす。

 隣ではリツィアが、静かに目を細めていた。

 

「……綺麗、ね」

 

「いや、そういう問題か?」

 

「ええ、とても綺麗よ」

 

 リツィアは視線を逸らさないまま続ける。

 

「統一されているものは、美しいもの」

 

「……」

 

「でも――」

 

 一瞬だけ、言葉が止まる。

 

「……なんか、気持ち悪いわね」

 

 はっきりとそう言い切った。

 ホルツが苦い顔で頷く。

 

「だよな……」

 

 ホルツは、再び視線をリツィアからパレードへ戻す。

 視線の先には、二階建ての馬車の上で無邪気に笑う顔見知りの三人。

 その周囲で、完璧な笑顔を浮かべる群衆。

 誰一人として、表情を崩さない。

 誰一人として、違う動きをしない。

 ただ――同じように、同じ熱量で、同じ声を上げ続けている。

 

「聖女さま万歳!!」

「聖女さま万歳!!」

「聖女さま万歳!!」

 

 波のように、繰り返される歓声。

 

「……これ、本当に“人間”か?」

 

 ホルツの言葉に、リツィアは答えない。

 ただ一つ、小さく息を吐いた。

 その時だった。

 

「――問題ありません」

 

 背後から、静かな声が差し込む。

 二人が振り返る。

 そこには――

 いつの間に現れたのか、一人のメイドが立っていた。

 艶のある銀髪。

 整えられたメイド服。

 そして、柔らかな微笑み。

 

「すべて、設計通りですので」

 

 有紗は、穏やかに言った。

 

「設計……だと?」

 

 ホルツが眉をひそめる。

 

「はい」

 

 有紗は視線を馬車へと向ける。

 

「信仰、感情、行動。

 すべてを最適化した結果です」

 

「最適化ってお前……」

 

「ご覧ください」

 

 すっと手を上げる。

 その動きに呼応するように――

 

「聖女さま万歳!!」

 

 歓声のタイミングが、ぴたりと揃った。

 

「……っ」

 

 ホルツが息を呑む。

 

「無駄がなく、乱れもない。

 とても美しいでしょう?」

 

「……狂ってやがる」

 

 吐き捨てるように言う。

 だが、有紗は否定しない。

 

「はい」

 

 むしろ、微笑みを深めた。

 

「ですから――美しいのです」

 

 花びらが舞い、音楽が響き、人々の歓声が重なる。

 祝福に満ちたその光景は――

 どこまでも整えられ、そしてどこまでも歪んでいた。

 そして馬車の上で、聖女が楽しそうに笑いながら屋根の上にいる有紗たちに声をかける。

 

「ねえ、有紗ぁっ、これ最高だね!

 ホルツにリツィアも、楽しんでいってね〜!

 パレードが終わったら、話しようねぇっ!」

 

 その声に、有紗は静かに一礼した。

 

「はい、ご主人様」

 

 視線を上げる。

 その瞳に宿るのは、揺るぎない愛情。

 

「すべては、貴女のための世界でございます。」


 その声色はどこまでも純粋で、情愛に溢れたものだった。

 

 

 ――祝祭は続く。

 誰一人として疑うことなく。

 誰一人として逸れることなく。

 ただひたすらに、“美しい形”をなぞりながら。

 その光景を、空だけが静かに見下ろしていた。

 

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