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聖女扱いされていますが、景観を守っているだけの紳士です 〜美しくないものを整えていたら、少しずつ世界がおかしくなりました〜  作者: 葱市場


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20/30

第20話 「ダブルスピーク?違うよ、ダブルピースって言うんだよ」

 薄汚れた男が、村の入り口に立つ。

 男が、村の通りの先にある広場を見つめると、若い女性が完璧な笑顔で優しく話しかけてくる。

 

 「旅のお方、『デヴォナの園』へようこそ!

 ここは心と体を整える場所です。

 ぜひ楽しんでいってくださいね。」


 女性に微笑まれた男は、顔を赤くしながらも村へと入っていった。

 一方、広場に設置された建物内では、ボロを纏った薄汚れ、年老いた男がされるがままに村人に案内されていた。

 

「あら、そんなにくたびれた姿で……

 ご苦労……なさったんですね?

 でも、もう大丈夫ですよ。

 だって、貴方はここに辿り着いたのです。

 さあ、まずはこちらの足湯で全てを委ねて、長旅の疲れを癒してください。」


 優しく介抱する女性に、薄汚れた男はただ無言で涙を流していた。


 村の通りを歩く男は、ぼんやりと周囲を見渡した。

 その視界に映るのは笑顔……村の人たち誰もが同じように笑っていた。

 誰もが優しく、誰もが同じように男に手を差し伸べていた。

 ここが、噂に聞いた『楽園』なのだろうか――。

 男は、ここを目指した時のことを思い出す。


 男の生まれ育った村は貧しく、命の軽い場所だった。

 土地は痩せ、年貢は高い。

 生まれてから一度も満腹感を感じたことも無かった。

 そんな絶望しかない日々に、いつからか囁かれ始めたある噂があった。


 『楽園』


 王都から離れた大森林の奥深く、人の行かない場所に、この世から隔絶された楽園のような村があると言う。

 そこに住む人々はみなとても献身的で、そこに辿り着けば、全ての苦痛から救ってくれる。

 そんな夢のような場所――。

 そこは、いつからか旅人たちの間で『楽園』と呼ばれ始めていた。

 男は、一縷の望みを託して生家を後にし、今ここに立っていた。


「……俺は……辿り着いたんだ……『楽園』に……」


 その時、男の顔は村人と同じ笑顔になっていた。


 

 そんな楽園の外れに、一際大きな屋敷があった。

 周りの家と比べ、明らかに立派なその屋敷では四人のメイドたちが働いていた。


「そこの手摺り、拭きあげが甘いですよ、ツェン。」


「は、はいっ!」


「早く厨房の床掃除するっす、ツェン!」


「た、ただいま!」


「朝に指示した靴磨きですが、やり直しです、ツェンさん。」


「も、申し訳ありません!」


「ツェン、庭の芝生に水やっておいて〜。」


「は、はい、ただいま!」


 (……クソッ、魔王軍参謀の私がなぜこんなヤツらに……)


「不満そうですね、処しますよ?」


「お腹空いてイライラしてるっすか?

 私が料理作ってあげるっすから、早く厨房の床掃除するっす!」


「いけません、メイドは常に笑顔ですよ?」


「ねぇ、まだぁ?

 早くやらないと、芝生の生育に影響出るんだけどぉ!」


「順番……そう、順番にやりますからっ!」


 (私は必ず生きて帰る。

 待っていてください、魔王さま!

 貴女のツェンは、頑張っておりますよ!

 でも、出来れば助けて頂けるとたすかります。)


「「「「早くして(しなさい)、ツェン!」」」」


「はい、ただいまぁあっ!」


 魔王軍元参謀のツェンは、日々を懸命に生き抜いていた。



 聖女たちが巻き起こした騒動から三ヶ月後。

 あの混沌とした光景が嘘のように、冒険者ギルドは平和だった。


「おやっさん、今帰ったぜ!」


「おう、ホルツ。

 今回のゴブリン退治はどうだった?」


 ギルド支部の戸を開け入ってくるなり声をかけてきたホルツに、カウンターに座っていた老人が話を振る。


「これが討伐証明で、こっちはご依頼のこの付近の調査報告書だ。

 調査の方だが、リツィアの進言で今回の魔物の分布状況以外に、ちょっとだけ気になる情報も入れてある。

 あと、リツィアは、一旦宿で着替えてからこっちに来るそうだ。」


 カウンターにくたびれた皮袋と、何枚かの用紙を出しながらホルツが答えると、おやっさんと呼ばれた老人がそれらを回収し、代わりに銀貨を数枚置くと、カウンター奥の棚回収した袋を置く。

 それから近くの椅子に座り、報告書に目を通し始めた。


「ギルマス、取り敢えず仕事の終わった俺としてはよ、エールでも飲みたいんだが?」


「知らん、オレは今忙しい。

 飲みたかったら自分でやれ。」


「……カーミラは、今日は休みか?」


「カーミラのやつは今、上の自室で寝込んどる。

 熱が出とるみたいだからな、念の為休ませとる。」


「おいおい、大丈夫なのか?

 ……まさか発汗熱じゃねえだろうな?」


「そんな大層なもんじゃ無かろう。

 大体、発汗熱なら、周りの村でも病人だらけになっとる筈だ。」


「……おやっさん、報告書の三枚目を読んでくれ。

 あと、カーミラだが、治癒師か薬師の手配をした方がいいかも知れない。」


「……なんだ、藪から棒に。」


「いいから、まずは読んでくれ。」


 訝し気に言われた通り、三枚目を読み進めるギルドマスターの眼光が鋭くなっていく。

 読み終え、発した声は硬く低かった。


「……おい、これは本当のことか?」


「少なくとも、俺は依頼で嘘の報告はしたことはないぜ?

 それはギルマスだって知っているだろ。」


「あぁ、すまんな。

 どうやら自分で思っている以上に、動揺しておったらしい。

 ワシからの謝意だ、そのエールは奢らせてくれ。」


「……まいど。

 で、実際の所……どう予測する?」


「正直言ってわからん。

 だが、周囲の村でも発生しているとなると……。

 王都のギルド本部に至急応援を依頼する、これは確定だとしてもだ、本当に発汗熱ならば、すでに流行が始まっていると判断するしかない。

 病気となれば神官の魔法では治せん。

 薬師と治癒師が大量に必要だ。」


「神の奇跡と言う割には、その奇跡が無能だからな。

 高い金をふんだくっているんだ、こういう時くらい本当の奇跡を……いや、奇跡は迷惑だからいらねぇな……」


「どうした、急に渋い顔をして?」


「いや、そう言えば少し前に、その奇跡で酷い目にあったことあったなって、ちょっと思い出しちまっただけだ。」


「なんだ、奇跡を見たってか?

 本当ならお前、凄くありがたいことじゃないか。

 神の恩寵を賜ったんだろ?」


「……ロクでもないカルトだけどな。

 それより、今後必要なのは大量の薬草だな?」


「あぁ、緊急クエストを発行しよう。

 お前たちの働き……期待しているぞ?

 まぁ、何にしてもだ。

 まずは本部に緊急連絡だな。」


「面倒だが仕方ねえ、初心に帰って薬草採取といきますかね。」


 その頃、聖女の屋敷では――。

 キャミソールに短パンというラフな格好で、自室のソファに寝転がり、何かを紙に書いていた聖女が、その手を止めて側に控えるノルンに話しかける。


「そう言えばさ……風邪って流行っているの?」


「はい、どうやら近隣の村でその兆候が見られると、信徒たちから報告がありました。」


「ふ〜ん、この世界の医療レベルだと大変そうだねぇ?」


「はい、おそらくですが、このまま流行すればかなりの死者が出る事態になるかと……」


 たいして興味も無さそうに言う聖女に、いつも通りその身をメイド服に包んだノルンが真面目に答える。


「まぁ、ウチの信徒が減ったら困るし、適当に特効薬でも用意しといてよ。

 有紗に言えばすぐ出来るでしょ?」


「はい、有紗ならばすぐかと……」


「じゃあ、この話はおしまい。

 それよりも、三日後に控えたお披露目式だよ!

 ウチの教団の大司教のお披露目だからね、華麗に美しく、荘厳にやらないとね?」


 がばりとソファから勢いよく上半身を起こした聖女が、楽し気に口を開く。


「お任せください。

 目標に向けて、ツェンをリーダーに、寝る間を惜しんで信徒たちが順番しております。

 きっとご満足頂けるものになるかと……。」


「そっかぁ、今から楽しみだなぁ……」


 ニコニコとする聖女を見つめ、目元を緩めるノルンの手にはいくつかの書類があり、その書類を軽く確認しながら報告を始めた。


「ツェンや信徒には、失敗は命と引き換えだと言ってありますので、まず問題はないかと。

 まあ、言葉通りの命のやり取りなんてもの、常識ある私は致しませんが!」


「なんか最近、その常識アピール増えたけど、なんかあった?」


「……いえ、ありませんし、アピールもしてません!」


 聖女の揶揄いに、少しだけ頬を赤らめながら反論するノルンの様子に満足した聖女が、近くにあったクッションを胸に抱きながら微笑む。

 

「……まぁ、良いけどね。

 兎に角、三日後のリタのお披露目が楽しみだなぁ。」

 

 

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