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聖女扱いされていますが、景観を守っているだけの紳士です 〜美しくないものを整えていたら、少しずつ世界がおかしくなりました〜  作者: 葱市場


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第19話 「美しき世界のはじめかた」

王都近隣の大森林、その外れにある村。


 この村は、街道から少しだけ外れてはいたが昔から冒険者ギルドの支部があった。

 大森林での依頼や、近隣の村々からの依頼の受け皿になったこともあり、治安の良い村であった。

 昨日までは――。


 ガタイの良い男が、通りの真ん中で立ち止まる。

 その目は焦点が合っておらず、だらりと口元が緩んでいた。

 

「……聖女」

 

 次の瞬間、すれ違った村人の肩を掴む。

 

「あなた、聖女」

 

 違うと否定されても構わず、今度は別の人間へと手を伸ばす。


「あなたも、聖女。

 そこのあなた、あなた、あなた、聖女」


 その瞳孔が開いた男は、幸せそうな笑みを浮かべていた。

 またその近くでは、村の女性たちの悲鳴が溢れていた。


「いやァァアアッ!

 なんなのこの変態じじいっ!」


「聖女さま万歳!

 聖女さま万歳!」


「気安く触んな変態じじい!」


 「聖女さま万歳!」と叫びながら、老人の手が無遠慮に女性の体に伸びる。

 その顔には、信仰ではなく――欲望の色が浮かんでいた。

 そして、その光景を食堂から眺めていた聖女の愕然とした表情が、事態の深刻さを表していた。


「……ヤバいだろ?」


 ホルツが真剣な表情でその場にいた聖女、ノルン、リツィアの三名に聞いた。


「ふむ、確かにこれは教育が必要な段階ですね。」


「……宗教以前の問題じゃないかしら?

 ほら、あの人なんて仰向けで四つ足歩行してるし……」


「なんだかキモい集団っすね?

 あ、こちらご注文の飲み物っす!

 それと、ご主人には紅茶に合うクッキーっす。

 追加で何か注文するなら声かけるっすよ。」


 片手に持ったお盆から、慣れた手つきでサッシェが人数分の紅茶をテーブルに配膳する。


「あ、店員さん、俺はエールで!」


「了解っすよ。

 マスター、エール追加っす!」


 サッシェの元気な声で食堂に響き、カウンターの奥から了承の声が返ってくる。


「って待ていっ!

 何でサッシェが働いてんだよ!」


「……日銭稼ぎっすよ?

 給料少ないっすから、こうして時々働かせて貰っているっす。」


「苦労をかけるねえ……」


「ご主人、それは言わない約束っすよ?」


「……なんのコントですか。

 サッシェは十分な給金を頂いているでしょう?

 あまり不満を言うなら、有紗に言いますよ。

 ご主人様も、あまり変な――」


 やれやれといった感じでノルンが話していると、『有紗』の名前が出た途端、聖女とサッシェの顔色が変わり、喰い気味にノルンの言葉を遮って叫ぶ。

 

「「――有紗に言うのはやめてっ(す)!」」


 聖女とサッシェがノルンにしがみつく様を見たホルツとリツィアが、互いに顔を見合わせる。


「……有紗って誰なのかしら?」


「俺も初めて聞く名前だが、あの二人があれだけ怯えてるんだ、俺は会いたいとは思わねえな……」


「……そうね、私も同意するわ。」


 ノルンが必死にしがみつく二人を引き剥がそうと奮闘する姿を眺めながら、ホルツとリツィアの二人は深く溜息をつくのだった。

 


「それにしても、外……益々やばくなってねえか?」

 

 ホルツの問いに、全員外を見るが誰もすぐには答えなかった。

 その窓の外では、聖女についてきた村人たちが思い思いに暴れていた。

 聖女を讃美しながら、誰彼構わず抱きつく者。

 謎の聖女の福音を叫びながら、意味もなく通りを全力疾走する者。

 法悦とした表情で、なぜか仰向けで四つ足歩行している者。

 ――地獄だった。

 

「……僕的に疑問なんだけどさ、なんでこうなったの?」

 

 聖女がぽつりと呟く。

 

「いやお前だよ!」

 

 間髪入れずホルツが叫ぶ。

 

「えぇぇえっ!

 僕そんな変なことしたっけ?」

 

「したわよ!

 昨夜めちゃくちゃしたわよ!」

 

 聖女の言葉に、リツィアも即座に突っ込みを入れる。

 

「ふむ……」

 

 ノルンが腕を組み、外の様子を観察する。

 

「状況から分析しますと、過剰な“浄化”により、普段から理性で抑圧されていた欲求が、反動として色々と噴出しているのでしょう。

 ……自身の欲を制御出来ないとは、情け無い限りですね。」

 

「難しいこと言ってるけど、要するに聖女の魔法が暴走したんじゃねえか!」

 

「そうですね……。

 端的に言えば、暴走とも言えなくはないですね。」

 

「なら簡潔に言えよ!」

 

 ホルツのツッコミが冴え渡ったその時だった。

 

「――では、制御すればよろしいかと」

 

 静かな鈴を鳴らすような美しい声が、背後から差し込んだ。

 全員が、ぴたりと動きを止める。

 ゆっくりと振り向くと――

 そこには、一人のメイド服を着た美しい女性が立っていた。

 サラサラと艶のある銀髪。

 慈愛に満ちた柔らかな笑み。

 女性ならば誰もが憧れるだろうその豊満な体を包む、完璧に整えられたメイド服。

 そして何より――

 強者としての圧がすごかった。

 

「お久しぶりでございます、ご主人様」

 

 優雅に一礼すると、その姿を確認した聖女とサッシェが一瞬でノルンの背後に隠れる。

 

「……やはり」

 

 有紗が、ほんの僅かに息を漏らす。

 

「その御身体は、理想形に到達しておりますね」

 

「「……うわ出た!」」

 

「誰が、“出た”ですか?」

 

 女性がにこり、と微笑む。

 その瞬間――

 

「ひぃっ!」

 

「す、すみませんっす……」

 

 聖女とサッシェが同時に後ずさる。

 

「え、なにこの人……あの二人が怯えて……え、こわっ」

 

「ただのメイドじゃないわね……」

 

 ホルツとリツィアが小声で言い合う。

 

「ご紹介いたします」

 

 そんななか、ノルンが一歩前に出る。

 

「こちら、私の『妹』の有紗です」

 

「どうも、『姉』の有紗でございます」

 

 再び優雅に頭を下げる。

 

「わたくし、普段は主にご主人様の生活全般のお手伝い、及び必要な物の制作を担当しております。

 ノルンの『姉』の有紗と申します。」

 

「お手伝いっていうか、管理と監視だよね?」

 

「いいえ、愛情です」

 

「なんか圧が怖いわ……」


「……美人で優しい良い人じゃないか。」

 

 笑顔でそう話すホルツを、こいつマジか?と言いたげな顔でリツィアが驚きとともに見つめる。

 そんななか、有紗は窓の外に視線を向けると、暴れ回る村人たちを静かに観察する。

 

「……なるほど、状況は理解しました。」

 

 そして小さく頷く。

 

「現状は“未完成な浄化状態”ですね?」

 

「未完成?」

 

 リツィアが眉をひそめる。

 

「……はい。

 一応、均質化は成功しておりますが、肝心の運用設計が存在しておりません。」

 

「言ってる意味が全然わかんねえ」

 

「要するに……」

 

 困惑気味のホルツの言葉に、有紗は一拍置いて微笑む。

 

「要するにルールがないので、壊れているのです」

 

「壊してんのはそいつだろ!」

 

 ホルツが聖女を指差す。

 

「えぇぇ……」

 

 聖女が目を逸らす。

 

「では、ご主人様のために、僭越ながらこのわたくしが、解決策を提示いたします」

 

 有紗が、すっと一歩前に出る。

 

「“管理可能な信仰圏”を構築しましょう」

 

「……は?」

 

 ホルツの声が低くなる。

 

「信仰、生活、労働。

 すべてを体系化し、統制された環境に置きます」

 

「いやちょっと待て、それ宗教どころじゃ――」

 

「ご主人様を中心とした社会構造です」

 

 有紗の言葉に、ホルツは一度口を開きかけたが、何も言わずに閉じた。

 

「具体的には……」

 

 有紗は淡々と続ける。

 

「森の奥にある屋敷を中心に、集落を再編成します」

 

「え?」

 

 聖女が顔を上げる。

 

「住居配置を最適化し、教義を日課として組み込みます」

 

「日課ってなに!?」

 

「朝の礼拝、昼の奉仕、夜の感謝祈祷です」

 

「カルトじゃねえか!!」


 ホルツが叫ぶなか、隣にいたリツィアが達観した顔で紅茶を飲み始める。

 その視線の先には外の世界……。

 村人たちが織りなす混沌とした世界があった。

 そんな世界を眺めながら、お茶受けのクッキーを一つ口にする。


「あら、美味しいわ。」


 そんな、現実逃避を始めたリツィアを気にせず、有紗は熱弁を振う。

 

「さらに――」

 

 有紗は指を一本立てる。

 

「ご主人様を象徴とした“聖域”を設けます」

 

「……聖域?」

 

「立ち入り制限区域です」

 

「それに何の意味があるんだ?」

 

「神聖性の演出のためです」

 

「演出で済ませていい規模じゃねえ!」

 

 だが聖女は――

 

「……いいね」

 

 ぽつりと呟いた。

 

「え?」

 

「それ、こだわればすごく綺麗かも」

 

 目が輝いている。

 

「うん、統一されてて、無駄がなくて全てが計算された……」

 

「やめろ、その思考はやべぇ気がする!」

 

「……では、決定ですね」

 

 有紗が微笑む。

 

「いや待て!

 一度考え直せ、まだ誰も決めてねえ!」

 

「ご主人様が同意されましたので、これは確定事項です。

 それに、これはあくまで手段です」

 

 有紗は淡々と続ける。

 

「目的達成のための、過程に過ぎませんので……」

 

「個人の意志どこ行った?」

 

「この世界には、ご主人様の意志以外存在しませんよ?」

 

「即答すんな!!」

 

 その時だった。

 外から声が響く。

 

「聖女さま万歳!」

「導きを!」

「我らを正しき形へ!」

 

 窓の外、村人たちが一斉にこちらを見ていた。

 

「……おい」

 

 ホルツが一歩引く。

 

「ちょっと待て、アイツらなんか目がイッてるぞ」

 

「問題ありません、むしろ好都合です」

 

 有紗は静かに言った。

 

「何がだよ!?」

 

「信仰対象への依存度が高いほど、統制は容易になります」

 

「怖ぇよこのメイド!!」

 

「では、ご主人様。

 貴女さまの“美しい世界”を構築いたしましょう。」

 

 有紗が優雅な所作で恭しく頭を下げる。


 聖女は、にこりと笑った。

 

「うん、任せるよ」

 

「任されました」

 

「……終わった」

 

 ホルツが呟く。

 

「完全に終わったわね……」

 

 リツィアも遠い目をする。

 

「ご主人の世界……私、全力で頑張るっす!」

 

 意を決したサッシェが拳を握る。

 

「お前はなんでそんな乗り気なんだよ!!」

 

 その日、村人たちは有紗の指示のもと、森へと移動を開始した。

 目的地はただ一つ。

 ――聖女の屋敷。

 そこを中心に、新たな“世界”が作られる。

 整えられた、歪んだ、そして――

 どこまでも美しい世界が。


 人気のない廊下。

 有紗は一人、静かに窓の外を見つめる。

 

「……順調です」

 

 その声は、誰に向けられたものでもない。

 

「このまま信仰が歪めば、条件は満たされます」

 

 一瞬だけ、微笑む。

 

「――もう少しですよ、お父様。」

 

 

 

 

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