第16話 「無敵じゃない、けど無敵」
あれから私は、聖女ちゃんの作戦失敗を受けて、奥の手を出すことにした。
これを使うと、反動がきつくて今後の調査に支障が出るから使うつもりはなかったけど、しょうがないわ。
今は一人、最前線で結界を維持する聖女ちゃんと、侵入してきた個体を倒すサッシェちゃんが頑張っていた。
けど、そろそろ聖女ちゃんの精神が限界に近いみたいで、虚な目で何かを言っているわ。
「僕、この戦いが終わったら、リタ人形を百体作るんだ……
保存用と鑑賞用と布教用で――」
「ご主人っ!
何フラグ建ててるんすかっ!
ヤツらまだ来てるんすから、しっかりするっす!」
「だってコイツらキモすぎるんだもん!
見た目も動きも音も、存在全てが全部無理なんだよ!
それに辺り一面、残骸と体液まみれだし!
絶対コイツら、僕の美意識を確実に殺しに来てるって!」
聖女ちゃんを叱咤激励するサッシェちゃんだけど、聖女ちゃんが癇癪を起こしたみたい。
「リツィアさんの準備が整うまでまだかかりそうっす。
この状況では、ご主人の結界が頼りなんすよ?
ここで気を抜いたら一気に来るっすよ!」
「って、サッシェ、なんでフラグ建てるのさ?
おかげでもう来てるよ!
地面があちこちモコモコしてるって!
いぃやぁぁあっ!」
聖女ちゃんの絶叫が続いているけど、気持ちはわかるわぁ。
アイツらカサカサと足を動かしながら、滑った体表を見せながら、結界の外から地面に潜っていく姿が最悪なのよね。
「モコモコは私に任せるっす!
出てきたところを一撃っす!」
「……だぁかぁらぁあっ!
フラグ建てるなって言ったじゃん!」
「……あ、飛んだ――」
「やっぱりじゃんっ!
やっぱりフラグ建ったじゃん!
てかコイツら、ブンブンって、ブンブンってしてる!
なんで、顔に向かって飛んで来るんだよぉぉおっ!」
半泣きでアイアンクローチの飛びつきをかわす聖女ちゃん。
「あぁあっ!
今結界から聞こえちゃいけない音がしたぁあっ!
ピシッ!て、ピシッ!てしたぁぁあっ!
リツィアさん、リツィアさん!」
更に半分泣きでこちらを見る聖女ちゃん、ちょっとだけ有りだと思ってしまうわね。
「はいはい。
こちらの準備はもう少しだけかかるから、頑張ってね?」
「ご主人、そこっ!
そこの結界、穴あいてるっす!」
サッシェちゃんが指摘した場所、確かにひび割れてそこから入って来そうになっている。
……急いだ方が良さそうね。
「サッシェ、サッシェっ!
数が増えてきてる!
黒いのが視界いっぱいにぃぃいっ!
無数の節足がワサワサって!
キモい、キモいよぉぉおっ!」
黒い群れがブンブンと飛び回り、視界いっぱいに押し寄せる廃坑の中。
私が奥の手を準備する間、聖女ちゃんは絶叫しながら結界を押し出す――
しかし数が多すぎるのか、徐々に後ろにいる私の方へとその背中が近づいてくる。
「お、重ぉぉっ!
なんて数なんだよ増えすぎだよ、ここの廃坑の管理者何やってんだよ!
害虫の駆除くらいやっておいてよぉっ!
帰ったら絶対ぶん殴ってやる!」
「ご主人!
兎に角頑張るっす!」
サッシェが手にした結界ハンマーで、はぐれ個体を叩き潰すが、それでも全体の数は減らない。
そこに、背後から冷静な声が響いた。
「……待たせたわね?」
そう言った私の手が、まるでオーケストラの指揮者のように動き、空間に静かに金色の魔法陣を展開し始める。
魔法陣が、その全貌を現した瞬間、目の前の空間にほんの一瞬、魔法陣を形成していた光が、光の網に変換される。
「これでダメなら諦めてね?
陣魔法『結界連鎖・聖域網』発動――!」
リツィアの声とともに、光の網が坑道いっぱいに広がり、凄まじい速度で飛んでいった。
その軌跡に触れた岩肌すら、音もなく削り取られていく。
すると、網が通過した黒い群れの動きが一瞬止まった。
ブンブンと飛び回っていたアイアンクローチたちの羽音が、まるで空気に吸い込まれるように静まる。
そして、一瞬で細切れになって地面に落ちる。
かすかに含まれる悲鳴のような音はかき消され、その音は、まるで夏の日の夕立のようであった。
「な、なにこれ……!
全滅している……っ!」
「すごい……陣魔法、圧倒的……っ」
私の魔法を見た、聖女ちゃんとサッシェは目を丸くする。
(……へっ?
……威力、高すぎない?
まさかこれ、次使ったら私死ぬんじゃない?)
私は、想定外の威力に内心ビックリしていた。
「ご主人、ここからは掃討戦っす!」
魔法陣の考察について、あれこれ考えたくなる気持ちを抑え、私は聖女ちゃんたちを見る。
目の前では、サッシェちゃんが飛び上がり、息のある個体に結界ハンマーを振り下ろしていた。
陣魔法の制御により、致命傷に近いダメージを受けたアイアンクローチたちは、成す術なく倒されていった。
「ふう……これなら、なんとかなりそうね。」
最後のアイアンクローチが倒れた瞬間、空気が静まり返る。
「……やった、制圧完了……っ!」
「ふぅ……やっぱりリツィアさん、凄すぎ……!」
「まさに私たちの救世主っす!」
私が満足げに微笑むと、聖女ちゃんは照れ隠しに拳を握った。
「ふふふ、これで僕の美意識も守られたってわけだね?」
(さっきまで泣いてたのは誰だったのかしら……)
「今回は危なかったっす。
リツィアさん様々っす!」
サッシェも小さく胸を張り、三人は廃坑内の混乱を制した達成感に浸った。
こうして、聖女ちゃんの結界と私の陣魔法の謎コンビネーションで、廃坑の黒い群れは一掃された。
「次は……もう少し安全に作戦を立てようね?
……特に、聖女ちゃんはね?」
リツィアが呟くと、聖女ちゃんは大きく頷き、依頼の報償金へと思いを馳せた。
「さあ早いとこ、ここを出ましょう。」
「「さんせ〜い!」」
「さあ、さっさと行くっすよ!」
サッシェちゃんが、元気いっぱいに出口へ続くであろう坑道へと走っていく。
「あ、ちょっと待って!」
陣魔法の反動で全身筋肉痛に近い状態の私は、ゆっくりと歩く。
そんな私を聖女ちゃんが珍しく気遣って、肩を貸してくれた。
「ありがとうね?」
「いやいや、リツィアさんは僕の英雄だからね。
本当に感謝してるんだよ?
おかげで僕の美意識は守られたからね。」
「ふふ……大袈裟ね?」
「そんなことな――」
「うっぎゃぁぁぁああっ!」
サッシェちゃんが走って行った坑道から、サッシェちゃんの悲鳴が響いてきた。
「……サッシェ?」
「聖女ちゃん、私はいいからサッシェちゃんを!」
「うん、わかった。」
真面目な顔で頷き、サッシェちゃんの下へと走っていく聖女ちゃん。
「うっぎゃぁぁぁああっ!」
聖女ちゃんの姿が見えなくなってからすぐに、また悲鳴が響いてきた。
「聖女ちゃん!」
私は意を決して二人の下へと急いだ。
そして、そんな私の目に飛び込んできたのは――
「……新種のスライム?」
「「あばばばば……。」」
急いで来た私の目の前に広がっていた光景。
それは、細切れになったアイアンクローチの死骸の山から上半身?が生えた物体を前に、サッシェちゃんと聖女ちゃんが何故か腰を抜かして後退る姿だった。
「よう、リツィア!」
「ホルツ?
ってことは、あの物体はノルンさん?」
見知った声にそちらを見ると、別行動をしていたホルツの姿があった。
「……いきなり大量の死骸が飛んできて、ノルンがまともに浴びたみたいだ。」
「ご、ご主人……アレ、全部アレの死骸っす!
ノルン汚ねぇっす!エンガチョっす!
半径二メートル以内に近づくなっす!」
「ひぃいっ!
ヌタヌタテカテカしてる!
あんなん被るなんて、ノルンはなんて酷い趣味なんだ。」
サッシェちゃんと聖女ちゃんが、ノルンさんの姿を見て抱き合いながら思い思いの罵声?を浴びせているけど……。
ノルンさんが、硬く拳を握っているのに気付いたホルツが一応止めにはいるみたいね。
「あ〜、二人ともその辺にしといた方が――」
「……ブッコロです!」
「「へっ?」」
「人が心配して来てみればこの仕打ち……
いいでしょう、二人も同じ目に合わせてやりますよ!」
「「ひぃっ!
汚いっ!」」
時すでに遅し、二人目掛けてノルンさんが飛びかかっていったわ。
……みんな、元気よねぇ。




