第14話 「はい、ご苦労様でした。」
「……正義、降・臨!
私がきたからには、最早好きにはさせんぞっ!」
ノルンの視線の先には、全身をボロボロの鎧で固めた二十代前半くらいの、黒髪ロングな女騎士が木刀を構えて立っていた。
「騎士の旦那、お助けください!
アイツが、悪の手先です!」
ガズンが女騎士の姿を見て、すかさずノルンを指差して叫ぶ。
「この正義の騎士、ラティに任せるといいっ!
悪の手先め、今こそ正義の裁きをその身に受けよ!
さぁ、観念するがいい!」
そう言って木刀の剣先をノルンへと向けたラティが、満足そうにポーズを決めた。
その姿を見たノルンが、何かを思い出したのかラティへ話しかける。
「……おや?
貴女は、いつぞやのストーカーではありませんか?
まさか、山賊の用心棒に転職です――」
「何を言ってるのかはわからないが、取り敢えずぶった斬る!」
そう言って、袈裟懸けに切り掛かるラティの木刀を、ノルンは手にした短刀で受け止める。
――が、直後に嫌な予感がしたノルンは、短刀を手放してバックステップで素早く距離をとる。
すると、ラティの木刀は受け止めた短刀を豆腐でも斬るかのように、ろくな抵抗もなく切り落とした。
その切れ味を見たノルンが、驚きと共に口を開く。
「ちょっ!
……なんなんですか、その木刀は!
っと、言いますか……。
人がまだ話してる最中に切り掛かるなんて、貴女はどこまで野蛮なんですか!」
「私は騎士、騎士とは正義だからだっ!
ちなみに、これはそこら辺の木の枝を切り出して作った一品だ!」
ラティが胸を張って自慢げに話す。
「……単なる木が、なんで鉄器を斬れるんですか!
なんですか、騎士には常識が無いんですか?」
「何をごちゃごちゃと……。
木刀でも刀だ、そのくらい斬れて当たり前だっ!
そんな常識も知らないのか?」
「そんな常識ありませんよ!
……相変わらず頭のおかしい方ですね?
騎士とはこんなのばかりなので――」
ラティが、呆れた表情で話すノルンの首筋を狙って木刀を振う。
その攻撃を、バックステップでかわしたノルンが話しかけるが、ラティの攻撃はやまない。
「ちょっ、だから、人の話を――」
「前回は諸事情により不覚をとったが、今回はそうはいかないぞ!
さぁ、正義の刃で死ぬが良い!」
「いや、正義が積極的に殺しにいったらダメなのでは?」
「大丈夫、だって正義だからっ!」
「相変わらず根拠がありませんね!」
ラティの繰り出す鋭い斬撃をかわしながら、ノルンは反撃の機会を伺う。
だが――。
「……まさか、ここまでの強さとは想定外ですね。」
ノルンは反撃の機会を伺うため、ギリギリのラインを見切り、注意を逸らすために話しかけることをやめない。
そのため、ラティの剣先が掠るたびに、ダメージを受けたノルンのメイド服は所々破け、だんだんとその透き通った肌をのぞかせていった。
「ええいっ!
いちいち避けるな!
面倒くさいっ!」
「だったら、その意味不明な木刀を振り回すのをやめなさい。」
「ならば、避けれなくなるまで振り回す!」
更に加速する剣筋に、ノルンが悪態をつく。
「まったく、だから脳筋は嫌いなんですっ!」
「いいぞ騎士の旦那!
あとちょっと、もう少し下、薄い胸部装甲を!」
「……乳だな?
ガズンの狙いはここだな!
冷静な弱点の指摘、感謝するぞっ!」
「ちょっ!
なんで執拗に胸元を狙うのですかっ!」
「いいぞ〜っ!
あとちょっと、もう少しっ!」
「なんて俗な攻撃ですかっ!
いい加減にしなさいっ!」
ノルンが、隙をついて短刀をいくつか投げるが、それらは全てラティの木刀によって弾かれてしまう。
「……そのような苦し紛れな攻撃なぞ、この私には通じないっ!」
「無駄にいい顔してドヤりますね……。
なんだか余計にムカついてきました。」
そんな、攻めあぐねているノルンを見てニヤつくガズンとは違い、ラティの鋭い視線は常に注意深くノルンの動きを観察していた。
脳筋だが、その騎士らしく隙のない剣技を目の当たりにして、溜息混じりにノルンがぼやく。
「……私、か弱いメイドなのですがね。
なんで、こんな脳筋の相手をしているのでしょう。
それに、なんですかあの木刀は……厄介ですね。」
「ふははははっ!
見よ、我が剣技をっ!」
反撃できずにかわすだけのノルン、対照的にラティの剣戟は衰えることなく、益々冴え渡っていた。
「さすがは騎士だぜ。
頭はアレだが、腕は確かだ。
それに、ガキにはそそらねぇが、あの扇情的な格好は……」
「そんなに見たいなら、もっと前にいけよ?」
一息ついたガズンが、服の裂け目から覗くノルンの柔肌に目尻を下げていると、背後から衝撃を受けた。
「ぐぁっ!」
後ろからの衝撃に、そのまま前方へと押し出されたガズンの前に、ラティの木刀が迫ってくる。
「なにっ!」
ガズンに気付いたラティが、冷静に峰打ちに変えると、勢いそのままにガズンを叩き伏せ怒鳴る。
「おいっ!
危ないだろっ、何考えてるんだっ!」
ラティが、倒れたガズンを怒鳴りつける。
「……いま、普通に振り切ったよな?」
「迷いのない見事な剣筋でしたね。」
その呟きに、ノルンが感心した表情で同意する。
「いでえっ!
あ、アイツが蹴りやがったんですよ!」
そう言ってガズンが指差した先には、抜き身の剣を片手に、何かを蹴った体勢のままドン引きするホルツがいた。
一瞬の間のあと、気を取り直したホルツが口を開く。
「よ、よう……
なんだ……た、楽しそうなことしてんじゃねえか?
俺も混ぜてくれよ。」
遊びにでも混ざるかのような気軽さを演出して言うホルツを睨みながら、ラティが剣先を向ける。
「よくも仲間を傷つけたな!」
「「「……」」」
ラティの言葉に、三人が沈黙する。
そんな中、ガズンがポツリとつぶやいた。
「いや、俺を叩きつけたのは騎士の旦那……」
「アンタのとこの騎士さん、見事な責任転嫁だな?」
白々しく責任転嫁をするラティを見て、男二人がジト目になる。
そんな男たちの反応を無視してラティが吠える。
「それに貴様はっ!
あの時無実の私を捕縛した、無能な冒険者の男ではないか!」
「無能じゃねえしっ!
お前は無実じゃ無かっただろうがっ!」
反論するホルツを見ながら、一歩引いたノルンが顎に手を当てたポーズで考えを述べる。
「ふむ、無能というのは置いておいても、確かに無実はありえませんね。」
「……おい、ノルン、テメェッ!」
ノルンの言葉に反論するホルツを尻目に、ノルンがラティに話しかける。
「……お互い、無能な仲間には苦労しますね?」
「あぁ、確かに……
あのくらい、軽くかわせないのはちょっとな……」
「あのくらいじゃねえよっ!」
ガズンの反論は聞こえてないことにしたラティが、少しだけ間を空けてから、ノルンの言葉に同意する。
「俺は無能じゃねえっ!」
「おや?
無能じゃないのならば、何故こんなに時間がかかったのですか?」
「それはテメェが、雑魚を全員押し付けたからだろうがっ!」
「アレくらいすぐ終わるでしょうに……。」
「そうだそうだ!
騎士である私ならば、サクッと片付けてすでにガズンも背後からバッサリだな?」
「テメェが俺をバッサリやってどうすんだよ!」
「敵が背中を向けていたら、騎士としていくだろ普通?」
「そうです。
メイドでもバッサリとやりますよ、普通?」
「「メイドも騎士もそんなことしねえよっ!」」
「「だから、無能なんだ(です)!」」
ホルツとガズンの口を揃えた反論に、ノルンとラティが口を揃えて断定する。
その様子を見たガズンが、一拍置いてぼそりと呟く。
「……いや、やるんじゃね?」
「どっちだよお前!」
ホルツが思わず振り向いた瞬間、ガズンは真顔だった。
「だってほら、あいつらだし……」
「……否定しきれねぇのが腹立つ!」
そんな男たちの反応に、ノルンがニヤつきながら煽ってくる。
「なんですか?
無能なうえに仲間割れですか?」
「テメェ……。」
煽られたホルツが怒りで肩を振るわせていると、ガズンが気の毒そうに声をかけてきた。
「あ〜、なんだ……
アンタもアレな頭の女に苦労してんだな?」
「……おっさんもな?」
ここに、おじさん二人の友情にも似た『何か』が芽生え始めたところで、ラティとノルンが声を上げた。
「あ〜っ!
ガズン、なんで敵と仲良くしているんです!」
「そうです。
おっさん二人の絡みに価値なんてないんですよ?」
「「テメェらが言うなっ!」」
女性陣二人の物言いに、苛ついた声で突っ込んだ二人が、肩で息をしながら睨む。
「大体だな、ノルン。
テメェは常識が無さすぎるんだよ!
毎回毎回、なんですぐ切り捨てようとすんだよ?
蛮族か?
お前の常識は、未開の地の蛮族なんですか?」
「そうだそうだ!
騎士の旦那だって、頭ん中が非常識にもほどがあるってもんだぜ!
なんでそこら辺に落ちてた木の枝が剣になるんだよ?
訳わかんねえよ!」
「騎士が剣として振うんだ、当然だろうが!」
「悪即斬、当たり前のことではありませんか?」
「「それが非常識なんだよっ!」」
女性二人の言葉に、ホルツとガズンが声を合わせて叫ぶ。
そして、ホルツの叫びにノルンが叫び返す。
「非常識とはなんですか!」
「非常識は非常識なんだよ!
ここにいない二人も合わせて、お前ら主従三人とも少しは常識を学びやがれ!」
「定義をどうぞ」
「は?」
「論理的に説明してください」
「え、えーと……その……」
急に冷静になって問い詰めてくるノルン相手に、言葉に詰まるホルツ。
その横で、何故かラティが胸を張る。
「つまり、少数派だな!」
「数は同数だろうがっ!」
「屋敷にまだ二人います。
だからその指摘は成立しません。
つまり我々は多数派なので正しいですね。」
得意気にそう述べるノルンにホルツが叫んだ。
「そういうのを屁理屈っていうんだよ!」
ホルツとノルンが激しく言い合うなか、ラティとガズンも互いに言い合いをしていた。
そんななか、ノルンが宣言する。
「……わかりました。
つまりは、相手をボコった方が正しいということですね?」
「なんでそうなるんだよ!」
「……それはわかりやすくて良いな?」
「お前も同意してんじゃねえっ!」
叫ぶホルツを無視したノルンが物騒なことを言い始め、ラティがその意見に同意し、二人で余裕の笑みを浮かべ、ホルツたちを挑発する。
「まぁ、ホルツごとき楽勝ですしね。」
「ああ、私の正義は誰にも負けん!」
その様子に、ホルツの中で何かがキレた。
「ああそうだなっ!
毎回毎回ゴリラだの下僕だのと、いい加減頭に来てたんだ。
ここらで、世間知らずのクソメイドに、熟練冒険者さまの強さってやつを教えてやらぁっ!」
勢いよく啖呵をきるホルツを見たガズンが、調子よくホルツを囃し立てる。
「……ああ、そうだ。
男を怒らせるとどうなるか、拳で教えてやれ!」
「テメェもやるんだよ!」
「お、おれも?」
「このまま舐められたままでいいのか?
お前だって漢だろ!」
「お、俺じゃ相手に……。」
「いいか、あの顔をよく見ろ!」
ホルツが指差した先には、二人のやり取りを見てニヤつくノルンと、格下を見る目でみてくるラティの姿があった。
その顔を見たホルツが勢いよく啖呵をきる。
ガズンは震える拳を握り、おのれを鼓舞する。
そして、二人は勢いよくノルンとラティに襲いかかった。
「「……やってやらぁっ!」」
「ラティさん、貴女一人でも余裕でしょう?」
「ああ、ぶっ殺してやるっ!」
そう言ってラティは、木刀を放り投げて二人に襲いかかった。
ノルンはただ、自分の足元に転がってきた木刀を見つめていた――。
それから三十分後。
「がふぅっ――」
ラティのトドメの一撃によって、ガズンとホルツがボロボロになって地面に転がる。
その二人を見下ろすように、ラティが仁王立ちしていた。
「正義に逆らうからだ!」
素手で二人を制圧したラティが、鼻息荒く満足気に言い捨てると、素手での戦いのために置いておいた木刀を取ろうと、木刀を投げ置いた場所を見るが、そこに木刀は無かった。
「……へっ?」
「はい、ご苦労様でした。」
何故かラティの木刀を持ったノルンが、にこやかに笑顔でラティをねぎらう。
「……ああ、わざわざすまんな?」
ラティがノルンに礼を言い、木刀を受け取ろうと手を伸ばす。
「これで、厄介な木刀を無力化出来ました。」
ノルンが手に持った木刀を、ラティの目の前で笑顔で圧し折る。
「え……なんで……私の……へっ?……」
「貴女が持っていないと、たんなる木の棒なんですね?
……では、失礼します。」
そして、呆気に囚われているラティを、どこから取り出したのか、麻紐で手際よく縛りあげた。
「「「えぇぇぇええっ!」」」
三人の絶叫が夜の山に響き渡った。
「……さて、次はと」
余裕の笑みを浮かべたノルンが、何やら準備を始めた……。




