第13話 「私、失敗しないので!」
リツィアたちを待つことにして約半日。
日も暮れかけてきた頃、ホルツたちはテントで休むフリをして抜け出すと、廃鉱入り口の上方にある崖の上を目指して迂回路を登っていた。
「ったく、なんだって、こんな、面倒なところを登っていかないと、いけないんだってよっ!」
ほとんど壁に近い傾斜を、手足を使ってよじ登りながら、ホルツが不満気に悪態をつく。
「つべこべ言わずに黙って登りなさい。
山賊どもに気付かれますよ?」
ホルツが背負う背負子の上に優雅に腰掛け、まるで散歩でもしているかのような顔で、ノルンが周囲を見回している。
「……テメェは、ほんっといい性格してるよなぁ。」
「女性と縁のない人生を送ってきた方ですから。
これくらいの役得はあってもよろしいでしょう?」
「役得の意味、百回調べ直してこい……!」
そう物知り顔で言ったノルンが、ホルツの頭を軽く叩き合図をする。
「――っ、おわっ!?」
バランスを崩し、足場から半分滑り落ちる。
咄嗟に岩にしがみついたが、背中のノルンがぐらりと揺れた。
「ちょ、待て、落ち――」
「静かに」
小声で囁かれ、上を指差される。
視線を向けると、崖の上――山賊たちが慌ただしく動いていた。
「いいかテメェら!
もうじき陽も落ちる。
暗くなる前に所定の位置に行くぞっ!」
ガズンの号令とともに、山賊たちは散開していく。
「……おい、どうなんだ?
動きってどうなったんだ?」
ホルツが小声で尋ねると、ノルンは少しの間だけ黙り込んだ。
そして――
「……戻ります。
さっさと降りなさい!」
「はぁっ?
戻るってなんでだよ?」
「いいからすぐ!
さっさと戻りなさい!」
「いや、なに怒ってんだよ?
そもそもお前が、この作戦を言い出したんだろ?
山賊どもに奇襲するんじゃないのかよ?」
「奇襲する相手がいなくなったからです。
さあ、つべこべ言わずに黙って戻りなさい!
早くっ!はよっ!」
「だから叩くなっての――うおっ!?」
今度は、完全に足を滑らせたホルツが落ちる。
その瞬間、ホルツの頭を足場にノルンが身を翻す。
「テメェ、俺を踏み台に――!!」
結局、半ば転げ落ちるようにして、ホルツは崖を降りる羽目になった。
石を蹴り、枝に引っかかり、最後は尻から地面に落ちる。
ドスン。
「……け、ケツがっ!」
尻を摩りゆっくりと立ち上がりながら、岩場をあちこち優雅に跳び回り、何かを確認しながら降りてきたノルン相手にホルツは呟いた。
「……で、これ、登った意味あったか?
てか、これってお前の作戦失敗だよな?」
「……私は失敗しませんのでっ!
作戦の意味ありましたのでっ!」
服についた土を払いながら、ノルンは若干強めに答える。
「ほら、山賊が動くことは確認できましたよ?」
「……」
「それと――」
ノルンは少しだけ間を置いて、
「あなたが、思ったよりも丈夫だということも分かりました。」
「検証すんな!!」
ホルツの叫びが、静かな廃鉱山に虚しく響いた。
「で、これからどうすんだ?
何も考えがないなら、まずはリツィアたちとの合流を優先したいんだが?」
痛む尻を撫でながらホルツが問いかけるが、ノルンは何かを考えているのか、先程から反応がないまま近くの岩に腰掛けたままだった。
「おい、聞いているのか?
さすがに、この時間までここに戻ってこないのはおかしい。
山賊の件もある、ここは合流一択だろう?」
「ふむ……。
仕方ありませんね、まずはご主人様たちとの合流を優先――」
そう言いかけたノルンの体が、何かに弾かれるように座っていた岩から地面へと叩きつけられる。
「ノルンっ!」
ホルツは、素早くその場から離れて剣を抜くと、辺りを警戒しながら倒れたノルンに声をかける。
そのホルツの足下にも複数の矢が刺さる。
それは、ホルツが避けたり、剣を動かすたびに増えていった。
「……くそっ!
こう暗いとどっから撃っているのか……。」
隙をついて素早く岩陰にノルンごと身を隠したホルツが、流れる汗もそのままに、焦る気持ちを抑えて冷静に状況を分析していると、坑道の入り口付近から下卑た笑い声が響いた。
「ヒャーハッハッハッ!
抵抗はやめて出てきやがれ。
今なら、優しい俺さまは、身ぐるみ剥ぐくらいで見逃してやってもいいと考えているぜ?
まぁ、女は置いていって貰うがな?」
そう言い、更に笑うガズン。
追従するように、周りの山賊たちもゲラゲラと声を出して笑う。
それぞれボロをまとい、手には棍棒やダガーなどを持った薄汚れた男たちを観察するホルツ。
(どうやら、弓持ちは隠れているみたいだな……。
それに、ノルンの安否だ、傷が深くないと良いが……。)
ある程度観察したところで、今度はどう対応するか考えはじめたホルツの隣に、いつのまにかノルンが正座していた。
「どぅわっ!
び、びっくりさせんな!」
「……小心者ですね?」
「いや、普通びっくりするだろ!」
「危ないですよ?」
思わず声をあげたホルツを、自分の方に引っ張るノルン。
すると、ホルツが元いた頭の近くを、矢が通り過ぎる。
「あっぶねぇっ!
――わりぃ、助かった。」
「これで私は、あなたの命の恩人ですね?」
含みのある笑顔を向けてくるノルンに、ホルツの冒険者としての勘が警鐘を鳴らす。
「あ、ま、まぁ、そうとも取れなくはないが……」
「では、あなたは私の奴隷ということになりました。」
「はぁっ?」
「昔から、奴隷が欲しければ金で贖うか命を助けろと、言います。
なので、私はあなたのご主人様となりました。」
「いや、本人の同意は?
てか、そもそもそんなふざけた理由で奴隷になんぞならんだろ!」
「では、ご主人様からの命令を述べます。
あ、私のご主人様と差別化する意味でも、女王様と呼んでも良いですよ?
私は優しいので、奴隷の性癖には多少の理解を示していますから。」
そう満面の笑みで話すノルンに、ホルツが苛ついた声と態度で叫ぶ。
「だから話をきけよっ!
俺はそんなの呼ばねぇし、そもそも勝手にひとの性癖捻じ曲げるんじゃねぇっ!」
「……何が不満だと言うのですか?
私のような美少女をご主人様呼び出来るのですよ?
貴方たちみたいなのにはご褒美ではないですか。
……そこの人もそう思いますよね?」
理解出来ないものを見るような表情をして話していたノルンが、そのまま何事もなかったかの様に手元の短刀を真横に投げると、短い悲鳴とともに何が倒れる音がした。
「……あら、お返事がありませんね?」
「……相変わらず容赦ねえなぁ。
喉元に一撃じゃ、そもそも話せねえだろ?」
倒れた山賊の方を見ながら、ホルツが苦笑気味に話す。
「テメェら!
よくも仲間をっ!」
「……ホルツ、出番ですわよ!」
「どぅわぁあっ!」
激昂する山賊たちに、冷ややかな目を向けたノルンが、おもむろにホルツを岩陰から蹴り出す。
不意をつかれたホルツが、たたらを踏みながら山賊たちの前に姿をあらわすと、山賊たちは一斉にホルツを指差して笑い始めた。
「テメェ、ノルンっ!
なんてことしやが――あっぶねぇなっ!」
次々と矢を射かけられたホルツが慌てて避けると、その姿を見てガズンたちの笑い声が更に大きくなる。
なかには、ホルツを囃し立てる声も混じっていた。
「ギャハハッ!
仲間に見捨てられるたぁ、悲惨だなぁ?」
「そう思うんなら、優しくしてくれても、いいん、だ、ぜっ!」
長剣と体術を駆使して矢を避けながら、ホルツが余裕の笑みを浮かべる。
しばらくそうしていると、だんだんと慣れてきたのか、ホルツの顔に笑みが増え、逆にガズンは苛立った顔つきになっていった。
「……どうした?
随分と優しくなってきたけどよ。
矢はもう打ち止めってところか?」
「……たかが冒険者風情が……。
おいっ!
もっと矢を撃ち込め!
この勘違いした野郎をハリネズミにしてやれっ!」
ガズンが辺りに聞こえるように叫ぶが、矢はすでに一本も飛んできていなかった。
「……何しやがった?」
「俺は何もしてねぇよ?
俺はな?」
訝し気に話すガズンに、余裕そうに答えるホルツ。
その横にはいつの間にかノルンが立っていた。
「……不粋な輩は全て排除しました。」
「さすがメイドさんだなぁ。
お掃除では頼りになるぜ。」
そう軽口を叩くホルツに対し、ノルンが得意気に話す。
「上方から、射線を確保できそうな場所は既に確認済みでしたので……。」
「……このくそあまがぁっ!」
「ここからは俺がっ――ぐぇっ!」
ガズンが激昂し、山賊たちが武器を手に襲い掛かろうとしたその時、ノルンが迎え撃とうとしたホルツのえり首を引っ掴むと、そのまま思い切り地面へと引き倒した。
「「……へっ?」」
思わずキョトンとする山賊たちを尻目に、腰に両手を当てて仁王立ちするノルンが、不満気にホルツに言った。
「私が失敗していないこと、ちゃんとわかりましたか?」
何が起きたのかわからず、キョトンとするホルツ。
「だから、ちゃんと理解しましたか?
したのならば、することがあるでしょう?」
「いや、今そんなことより――」
「そ、そうだぜ?
さすがにそれは――」
ホルツが気の抜けた声で反論しようとし、何故かガズンも気の毒そうにホルツを見ながらノルンに話しかける。
「タニシ風情は黙ってなさい!」
「あ、はい……。」
そんな周りを一喝して黙らせると、ノルンは胸を張って話始める。
「いいですか、そんなことではありません。
私は失敗しないのです!
そのことをちゃんと理解しましたか?」
「「あ、はい――」」
周りの男たちの返事に、満足そうに頷くノルン。
暫しの間、周囲に弛緩した空気感が蔓延していたが、気を取り直したガズンが仲間たちに号令をかけた。
「ふざけたマネしやがって……。
おい、テメェら!
袋叩きにしてやれっ!」
ガズンの号令一下、山賊たちがホルツに襲いかかる。
「ちょっ、待て……お前ら、なんで俺だけ!」
「「男はいらねぇからに決まってんだろ!」」
「おぉまえらぁぁあっ!」
そう言って襲いかかってくる山賊たちの攻撃に対し、棍棒などの打撃は体術を駆使してかわし、ナイフや剣などの危険度の高い物を持った者を優先的に斬り倒すホルツ。
その動きは洗練されており、最小限の動きから繰り出される斬撃は、的確に山賊たちの数を減らしていった。
「……で、お前は手助けしねぇでいいのか?
いくら強くても、多勢に無勢だぜ?」
ガズンがニヤつきながらそうノルンに問いかける。
「……アレくらい、私の下僕ならどうということもないでしょう?
所詮は有象無象、私が出るまでもないことです。」
「……その余裕が続けばいいがな。」
「余裕もなにも、雑魚は雑魚ですわ。
貴方も、雑魚ですしね。」
「……テメェッ!」
ガズンが怒りに任せて振り下ろした長剣をこともなげにかわすと、ノルンは剣を握る手に手刀を叩きつける。
その痛みに思わず剣を落としたガズンの顎を、ノルンは左足で蹴り抜く。
勢いそのままに顎が上がり意識が飛びかけるガズンのみぞおち付近へ、追撃とばかりに回し蹴りを叩き込む。
「グハァッ!」
吹き飛ばされ、近くの岩に叩きつけられたガズンが頭から血を流し、腹を抱えてうずくまる。
「……ほら、雑魚ですわ。」
そんなガズンを興味なさげに見ながら、自信満々に言い放つ。
「……クソがっ!
確かにテメェは強えみたいだが、上には上がいることを教えてやる。
せいぜい後悔するんだなっ!」
そう言うと、ガズンはノルンたちに背を向けて山頂へと走り出す。
「……えっ?
ちょっと!」
まさか逃げると思っていなかったのか、呆気に取られているうちに距離を取るガズンの姿を見て、ノルンは慌てて追いかけ始めた。
「だんなぁあっ!
助けてくださぃぃいっ!」
恥も外聞もなく助けを求めて走るガズン。
その背まであと数メートルと迫ったノルンが、ガズンの足目掛けて短刀を投擲する。
その刃がガズンに届くかどうかという時、それは短い金属音で弾かれた。
「……どなたです?」
その異変に気付いたノルンが、素早くその場から距離をとる。
「……正義、降・臨!
私がきたからには、最早好きにはさせんぞっ!」
ノルンの視線の先には、全身をボロボロの鎧で固めた女騎士が木刀を構えて立っていた。




