第10話 「処しますか?」
その頃、廃鉱山近くの村では、ノルンとホルツが噂の調査を行なっていた。
ギルドのある村を基点として、五ヶ所ある村のうち初日に二ヶ所を終わらせて、今は三ヶ所目の村へと続く街道を二人はのんびり歩いていた。
「こうやって聞きこみしてるけどよ。
特に治安の悪化なんかもねえし、こりゃあ山賊の線は無さげだなぁ?」
ホルツがのんびり歩きながら、隣りを歩くノルンに話しかける。
「調査を開始して、まだ二日目です。
聞きこみの量も質も、大したことがありません。
これで判断するのは、如何なものかと思いますが?」
「なんつぅかノルンはよ、あの破天荒な聖女さんのメイドとは思えん真面目さだよな?」
ホルツが何気なしにそう口にした瞬間、ノルンの眼光が鋭くなり、やや不機嫌そうに口を開いた。
「……私は、あなたに私の名前を呼ぶ許可は、与えておりませんが?」
「おいおい、こうやって仲良く仕事しているんだ。
もはや仲間みたいなものだろ?
あんま堅苦しいこと言うなよ。」
不本意そうな雰囲気はそのままに、少しだけ考えるそぶりをしたノルンが、渋々といった感じで答える。
「……そうですね、百歩譲ってノルン様となら呼んでもいいですよ、下男?」
「……下男って、俺がいつアンタんとこの下働きになったんだよ?
それに――」
「……ホルツ?」
「あぁ……近くだな。」
ホルツが口答えをやめ、真面目な顔で辺りを伺いはじめる。
ノルンも、ホルツ同様辺りを見回しながら、臨戦体勢を整える。
警戒するノルンの聴覚が、街道右に広がる森の方から、かすかに聞こえる剣戟の音を捉えた。
「……右、森の方から剣戟の音。」
「距離は?」
「わかりませんが、少し奥の方です。」
「このまま放置は下策だが、巻き込まれたら最悪だ。
このまま距離を取ろう。」
少し考える素振りを見せたあと、ホルツが結論を口にする。
「……では、様子だけ確認します。」
そう言うと、ノルンは音もなく森へと走り去った。
「……あいつ、斥候スキルでも持ってんのか?」
ノルンの行動に、ポカンとするホルツだった。
「ひぃっ!
た、助けて!」
森の中に通る小道、脱輪した手押し車の周りで、緑色の肌をさらした異形のものたちが、武器を手に三匹で初老の男を取り囲み、下卑た笑みを浮かべる。
初老の男は、折れ曲がった右腕を庇うように頭を抱えてうずくまっていた。
「ギッ、ギギッ!」
異形のものたちのなかで、一回り体の大きな個体が震える男の様子を笑いながら、手にした棍棒を振りかぶる。
その棍棒を振り下ろそうとした、その時――
「相変わらず醜いですね?」
女性の声とともに、腕ごと棍棒が宙を舞った。
「ギキャァアッ!」
異形の叫びが響き渡る。
異様な叫びに、うずくまる初老の男が好奇心から顔を上げる。
その目に映った光景は、血に染まっていた。
腕を押さえうずくまる個体を見て、あからさまに狼狽える二匹、その隙をつく形で女性の剣線が舞う。
そのメイド服を着た銀髪の女性が動くたび、初老の男の視界が赤く染まっていく。
全てことが済み、女性は切り刻んだ死体の一部を集めると、どこかへと去って行った。
その去り際に女性と目が合った男は、その瞳に狂気を感じ、悲鳴を上げて再度うずくまった。
暫くして、静かになったことに違和感を覚えた男が顔を上げた時、そこには異形のものたちの耳の無い細切れの死体だけが転がっていた。
「戻りました。
特に問題はないかと……」
「もう戻ってきたのか?
……相変わらず、手際のいいことで」
斥候から戻ってきたノルンに対し、そうぼやいたホルツの視線が、ノルンの持つ耳に固定される。
「それって、ゴブリンのか?」
「はい、ちょうど三匹おりましたので……」
「そっか、まぁ、小遣い稼ぎにはいいからな。
で、実際の結果は?」
ノルンからの報告を聞いたホルツは、ノルンの顔を見て、あからさまな溜息をつく。
「なにやら不快な仕草をされてますが、何か不備でもありましたか?」
「うん、不備しかねぇよ?」
頭をかきながら呆れ顔をするホルツの様子に、首を傾げながらノルンが口を開く。
「はて?
私はきちんと、斥候としての役割は果たしたと思いますが?」
「そうだなぁ、斥候としてはいいがよ。
もっと常識的に考えるクセつけようぜ?
取り敢えず、そのゴブリンを倒した場所に行くぞ?」
「……不満ですが、わかりました。」
やや仏頂面になったノルンの案内でホルツがむかうと、そこには切り刻まれたゴブリンの死体が散乱しており、近くにあった壊れた手押し車の側に初老の男が倒れていた。
「おい、じいさん?」
男に声をかけながら介抱するホルツを眺めながら、ノルンは辺りを警戒する。
「おい、ノルン?」
「なんですか、下男?」
「まだそれやってんのか?
……まぁ、なんでもいい。
取り敢えず、回復魔法使えるか?」
「……簡単なものならば可能ですが?」
ノルンからの返答を聞きながらも、ホルツは手際良く怪我の処置を進める。
「ならちょうど良い、このじいさん腕が折れてるんだ。」
「そうですか。」
「……そうですかじゃ無くてよ、回復魔法かけてやってくれ。」
「私がですか?」
ノルンは、ホルツからの想定外な要請に、不思議そうな顔になる。
「俺は魔法使えねぇんだ。」
「……はぁ?
ホルツが魔法を使えないことと、私の回復魔法に何の繋がりが?」
「何のって……
じいさんが怪我しているんだ、わかるだろ?」
「ええ、怪我をしているのは理解しました。
ですが、それはホルツが処置をしているのですから、それでじゅうぶんでは?」
少しの間、ノルンの様子を見たホルツが、急に納得顔になって口を開いた。
「あぁ、そうか……。
確かに、オマエさんはあの聖女さんのメイドだわ。
確かに常識が無いな!」
ホルツからの言葉に絶句したノルンが、脊髄反射で反論する。
「なっ!
私は、ご主人様と違い常識人ですが?
それに、この私をあんな変態と同じカテゴリーに入れないでください!」
「なら、怪我しているヤツには回復魔法使え!
それが辺境で生きる者の常識だ。」
「……ならば、最初からそう言いなさい。」
渋々といった感じではあったが、男に回復魔法を使うノルンに、ホルツは笑顔で話しかける。
「お、やっぱりノルンは常識人だな?
どこぞの聖女さんとは違うな。」
「……当たり前です。」
ホルツが見守るなか、男の顔色は目に見えて良くなっていった。
「……う、うぅ。」
「お、気がついたかじいさん?」
男の手当てをしてから少し経つと、回復魔法の効果もあってか、男が目を覚ました。
「……ワシはいったい?」
「じいさん、ゴブリンどもに襲われたんだよ。
覚えてないのか?」
「あぁ、そう言えば……
怪我が治っとる?」
「じいさん、腕を怪我していたんだが、俺の連れが回復魔法で治したんだよ。
一応、ほかに目立った怪我は無かったが、大丈夫かい?」
「こりゃあ、世話をかけましたな?
おかげさまで命拾いしましたですじゃ。
お連れの方には何とお礼を――
ひぃぃっ!
あ、悪魔じゃ!
悪魔が戻ってきおった!」
男がノルンを見た瞬間、明らかに怯えた様子で後退る。
その様子を見たホルツが、溜息混じりに問いかける。
「……おい、ノルン?
お前、また何をした?」
「失礼ですね。
ゴブリンどもから助けた私に、そのような態度……処しますか?」
短剣を構えて問いかけるノルンを見た男が、涙目で叫ぶ。
「やはり悪魔じゃ!」
「処さねぇよ!
ってか、いちいち言うことが物騒だな?
じいさんも、傷に障るから動くなって!」
「ひ、ひぃぃいっ!
後生ですじゃ、助けてくだされ!」
這いつくばって必死に拝む男の姿に、若干引きながらホルツが面倒くさそうに口を開く。
「あ〜あ〜、こんなに怯えさせて……
お前、いったいこのじいさんに何したんだ?」
「だから、何もしておりません。
サッといって、サッと切り刻んで討伐部位を拾ってきただけですが?」
心外そうに話すノルンの話を聞いたホルツが、納得顔で話始めた。
「……なるほど。
つまりお前は、無言でいきなりあらわれて、魔物を切り刻んでその死体の一部を拾って、無言で消えたってことか?」
「そう何度も、申し上げております。」
「なるほどなるほど。
そりゃあ、じいさんが怖がるのも当たり前だっ!
襲われて怪我しているところに、いきなりあらわれて無言でそんなことやられたら、誰だってビビるわっ!」
「なっ!」
「あ〜、なんだ。
俺の連れが悪かったな?
ちょっと常識がないだけで、悪いヤツじゃ無いんだ。
だからじいさんも勘弁してやってくれ。」
「あ、あんたがそう言うなら……」
ホルツの言葉に、若干の安堵を滲ませる男を見たノルンが、あからさまに不機嫌になる。
「わ、私よりホルツなんかを……
やはり、処します!」
「ひぃいっ!」
「だから処すなっ!
……取り敢えず、じいさんを送っていくぞ?」
「ぶーっ!ぶーっ!」
不満顔でアピールするノルンを無視して、ホルツが男に話しかける。
「ちなみに、じいさん家はどこだ?」
「何から何まで済みませぬ。
ワシの住んどる村は、この道を小一時間ほど進んだ先にありますじゃ。」
「それじゃ早速向かうとして、じいさん荷物は?」
「今日はお供物を運んだだけですんで、あの手押し車くらいしかないですじゃ。」
「あ〜、アレはもう壊れちまったみたいだからなぁ。」
「残念ですが、命びろいしただけマシですじゃ。」
「では、さっさと行きましょう。」
「ひぃぃっ!」
ノルンが男の真後ろに立って話しかけると、男は涙目になって逃げ出した。
「だから、いきなり後ろに立つなっ!」
その後、無事に村へとたどり着いたが、じいさんの説明で村人の反応は最悪だった。
「あ、悪魔使いが来たぞー!」
「俺は悪魔使いじゃねぇぇえっ!」




