第28話「真相――あるいは、神の正体がネズミであった件について」
豪華なオフィスチェアが、温泉の前で止まった。
そこに座っていたのは——
小さかった。
とても、小さかった。
手のひらに乗るサイズ。
黄金色の毛並み。丸い耳。頬袋。
ゴールデンハムスター。
そして、そのハムスターは、黄金に輝く回し車を抱えていた。
「…………」
レオは、絶句した。
「……あれが、運営か」
「うん」
「……ハムスター」
「ゴールデンハムスター」
「……ハムスターが、神」
「そう」
「……あの回し車は」
「あの回し車の回転数が、この世界のクロック周波数を決めてる。ハムスターが回し車を回すと、世界が動く。止めると、世界が止まる」
「…………」
レオは、ハムスターを見つめた。
ハムスターも、レオを見つめた。
小さな黒い目。
圧倒的な「決定権」を感じさせる目。
「……お前が、この世界を作ったのか」
ハムスターは、ヒマワリの種を頬袋から出して齧った。
「んー。作ったっていうか、なんていうか。暇だったから、ちょっと回し車を回してみたら、世界ができちゃったんだよね」
「暇だったから」
「うん。暇だったから」
「…………」
「最初は面白かったよ? いろんな生き物が生まれて、戦って、泣いて、笑って。でもさ、もう飽きちゃった」
「飽きた」
「飽きた。特にさ、最近バグが多いんだよ。ピンク色の騎士とか、糞を投げる奴とか、温泉で排泄するカピバラとか。管理コストが見合わないんだよね」
「…………」
「だからさ、もう閉めようかなって。サービス終了。リセットして、次は『モルモットの王国』でも作ろうかなって」
◇
「……キウィ」
レオが、肩の鳥を見た。
キウィは、レオの肩から離れた。
ハムスターの傍らに、降り立った。
「……ごめんなさい、レオ」
「…………」
「私は、あの回し車の回転ログを収集し、バグを報告する観測サブプログラム。キウィ型の、モニタリングユニット」
「…………」
「あなたをここまで導いたのは……この世界の不純物——『癒やし』というバグを一点に集めて、一括削除するため。レオ、あなたは『癒やしの集積地点』として設計されていたの」
「…………」
「私が翻訳者として、あなたの旅に同行していたのは……あなたが集めた『癒やし』を、最終的にここに持ってくるため」
レオは、黙っていた。
長い沈黙。
「……知ってた」
「え?」
「知ってた。お前が、ただの鳥じゃないことは」
「…………」
「でも、どうでもよかった」
「どう、でも……」
「お前が何者でも、お前は俺の翻訳者だ。俺の仲間だ。それは変わらない」
「レオ……」
「お前がプログラムだろうが、観測機だろうが、関係ない。お前は、ラーテルと交渉してくれた。猿と話してくれた。スナネコの言葉を教えてくれた。俺が聖遺物を並べてる時、隣にいてくれた」
「…………」
「それだけで十分だ」
キウィの目が、震えた。
システムメッセージの冷たい色が、揺らいだ。
「……レオ。私……」
「戻ってこい。俺の肩に」
「でも、私は——」
「戻ってこい」
キウィは——
飛んだ。
ハムスターの傍らから、レオの肩へ。
「…………」
レオの肩に、キウィが止まった。
ハムスターが、目を丸くした。
「……え? キウィちゃん、こっちに来なくていいの?」
「いい。私は、ここにいる」
「…………」
◇
ハムスターは、頬袋にヒマワリの種を詰め込みながら、面倒そうに言った。
「まあいいけどさ。キウィが向こうに行っても、結果は変わらないよ。もう飽きたんだ。この世界」
「飽きたから、消すのか」
「消す。リセットする。もういいでしょ、この世界は」
ハムスターが、回し車の回転を緩め始めた。
世界の色が、薄くなった。
空の青が、灰色に変わり始めた。
温泉の湯気が、止まり始めた。
「…………」
レオは、ハムスターを見下ろした。
手のひらサイズの、小さな神を。
「……お前に聞きたいことがある」
「何?」
「お前は、この世界を作った。そして、飽きたから消す。それは、お前の権利かもしれない」
「うん、そうだよ」
「だが、この世界には——俺たちがいる」
「知ってるよ」
「俺たちの日常がある。ゴート様がいて、騎士団がいて、温泉がある。猿と混浴して、スナネコが丸まって、カインが隅で黙ってる。それを、消すのか」
「消すよ。だって、飽きたんだもん」
「…………」
レオは、拳を握った。
「……ふざけるな」
「え?」
「ふざけるなッ!」
レオの声が、世界に響いた。
「勝手にサーバーを閉じるな! まだ騎士団の再構築も、聖遺物の洗浄も終わっていないんだぞ!」
「いや、だから——」
「俺はまだ、この温泉の営業許可も出していない! 衛生管理規定の完全施行も、猿との混浴協定の更新も、カインの正式な復帰手続きも、何一つ終わっていない!」
「営業許可って……」
「やることがあるんだ! まだ、たくさん! お前の都合で、勝手に終わらせるな!」
第28話「真相――あるいは、神の正体がネズミであった件について」
――終――
【次回予告】
「……回し車が、止まりかけてる」
「止まったら、世界が消える」
「じゃあ、止めさせなければいい」
「どうやって」
「……ゴート様」
「ぬ」
「ゴート様に、回し車を回してもらう」
「カピバラに、神の回し車を?」
「ああ。時速50キロで」
次回、『絶望の暗黒大陸で、俺だけがカピバラ(時速50km)に乗っている』
第29話「決戦――あるいは、回し車を止める勇気について」
お楽しみに。




