第24話「論理――あるいは、白黒つけられない門番について」
地下遺構の最深部。
長い通路を抜けた先に、巨大な門があった。
門は、黒と白の市松模様で覆われていた。
碁盤のような、チェス盤のような、厳格な二色のパターン。
そして、門の前に——座っていた。
巨大な生物が。
白と黒。
丸い体。丸い耳。黒い目の周りに、さらに黒い隈。
パンダ。
門の前に座る、巨大なジャイアントパンダ。
「…………」
レオは、足を止めた。
「キウィ。あれは何だ」
「コア・ゲートの番人。二進法の司祭」
「二進法?」
「0と1。白と黒。この門を通るには、番人の問いに正しく答えなければならない。そして、答えは必ず『0か1か』——つまり『白か黒か』でなければならない」
「グレーゾーンは?」
「許されない。この門の世界観では、中間は存在しない」
レオは、自分の手を見た。
ピンク色の手を。
「……ピンクは、白か黒か」
「どちらでもない。それが問題」
パンダが、ゆっくりと目を開けた。
黒い瞳が、一行を見つめた。
そして、パンダは口を開いた。
低い声で。
「……門を通りたいか」
「通りたい」
「ならば、問いに答えよ。答えは『白(0)』か『黒(1)』かの二択だ。中間は存在しない。曖昧な回答を行った場合、門は永遠に閉ざされる」
パンダは、竹を一本咥えた。
ボリボリと噛み始めた。
「……第一問」
◇
「この世界は、正しいか。正しくないか」
パンダの問い。
レオは、考えた。
この世界。
絶望の暗黒大陸。
バグだらけの、テクスチャの剥がれた、運営に放棄された世界。
「…………」
「白か黒か」
「……白」
「理由を述べよ」
「この世界には、ゴート様がいる。ゴート様がいる世界は、正しい」
「……それは論理ではない。感情だ」
「感情も論理の一部だ」
「…………」
パンダは、竹をボリボリ噛んだ。
「……認める。第一問、通過」
「通過?」
「お前の回答は、論理的には不完全だ。だが、二択のうち一方を明確に選択した。それで十分だ」
「…………」
レオは、少し拍子抜けした。
「第二問」
◇
「お前は、人間か。人間でないか」
パンダの第二問。
レオは、自分の手を見た。
ピンク色の肌。
聖遺物と共鳴する能力。
もはや、普通の人間ではない。
だが——
「白。人間だ」
「お前の肌はピンクだ。人間の色ではない」
「人間だ。肌の色は関係ない」
「聖遺物と共鳴する能力は、人間のものではない」
「人間だ。能力が増えただけで、本質は変わらない」
「…………」
パンダは、竹を噛みながら考えた。
「……認める。第二問、通過」
ガレスが、レオの後ろで呟いた。
「……団長殿、案外簡単ですね」
「油断するな。本番はこれからだ」
◇
「第三問」
パンダの声が、低くなった。
「これが最後の問いだ」
パンダが、立ち上がった。
巨大な体が、門の前に立ちはだかった。
「お前が集めてきたもの——聖遺物。あれは、聖なるものか。糞か」
「…………」
レオの体が、硬直した。
聖遺物か、糞か。
この問い。
この問いだけは、白黒つけられない。
レオにとって、聖遺物は聖なるものだ。
だが、客観的に見れば、ウォンバットの糞だ。
聖遺物と答えれば、嘘になるかもしれない。
糞と答えれば、自分の信念を裏切ることになる。
「…………」
「白か黒か。聖遺物か糞か。どちらか一方を選べ」
レオは、黙った。
長い沈黙。
騎士たちが、息を呑んだ。
ゼノンが、腕を組んで見守った。
キウィが、レオの肩で身を小さくした。
「…………」
レオは、聖遺物を一つ取り出した。
手のひらに乗せた。
共鳴した。
『硬度4.2、密度1.8、三ヶ月前、オス』
声が聞こえた。
聖遺物の声。
それは確かに、ウォンバットの糞だ。
だが、それは確かに、レオの仲間を動かす追加メモリであり、敵を倒す武器であり、交渉の道具であり、騎士団の遺産だ。
「…………」
レオは、口を開いた。
「答えない」
「…………」
「この問いには、答えない」
パンダの目が、鋭くなった。
「答えなければ、門は開かない」
「わかっている。だが、この問いは間違っている」
「間違っている?」
「聖遺物は、聖遺物だ。糞でもあり、聖なるものでもある。どちらか一方ではない。両方だ」
「中間は許されない」
「中間ではない。両方だ。0でも1でもない。0であり1でもある。それが、俺の答えだ」
「それは、二進法の否定だ」
「否定ではない。例外処理だ」
「例外処理……」
「どんなシステムにも、例外処理は存在する。想定外の入力に対して、システムが停止するのではなく、別の処理で対応する。それが、例外処理だ」
レオは、ピンク色の手を掲げた。
「俺自身が、例外処理だ。白でも黒でもない。ピンクだ。お前の二進法では分類できない。だが、存在している。ここに、立っている」
「…………」
パンダは、黙った。
竹を噛む音が、止まった。
長い沈黙。
そして——
パンダが、笑った。
パンダが、笑ったように見えた。
あの黒い隈のある顔が、わずかに緩んだ。
「……例外処理。なるほど」
「…………」
「私は八百年、この門を守ってきた。すべての者に、白か黒かを問い続けてきた。そして、すべての者が、どちらかを選んだ。あるいは、選べずに去った」
「…………」
「だが、お前は『選ばない』という選択をした。しかも、それを『例外処理』として定義した。……面白い」
パンダが、横に動いた。
門が、見えた。
「……通れ」
「いいのか」
「いい。お前の答えは、私の問いの想定外だ。想定外の入力に対しては、例外処理で対応する。つまり——通す」
「…………」
「お前の論理は、破綻している。だが、私の論理も、お前を排除する根拠を持たない。ならば、通すしかない」
レオは、一歩前に進んだ。
「……ありがとう」
「礼はいらない。だが、一つだけ言っておく」
「何だ」
「この先にあるものは、お前の論理では対処できないかもしれない。白でも黒でもピンクでもない——『無』だ」
「無……」
「気をつけろ、ピンクの騎士」
レオは、門をくぐった。
騎士団が、続いた。
ゴートが、のんびりと歩いた。
パンダが、再び竹を噛み始めた。
ボリボリ。
門番は、次の来訪者を待ち始めた。
第24話「論理――あるいは、白黒つけられない門番について」
――終――
【次回予告】
「……レオ。空を見て」
「何だ、あれは」
「……クジラ。巨大なクジラが、空に浮かんでる」
「空に?」
「シロナガスクジラ。全長百メートル以上。……あれは、初期化プログラムだよ」
「初期化?」
「世界の全データを消去する、最終手段。運営が、本気になった」
「本気で、世界を消す気か」
「うん。あのクジラが通過した場所は、すべてが白紙に戻る。建物も、生物も、記憶も」
「……どうする」
「どうしようもないかもしれない。でも、レオ」
「何だ」
「あなたなら、何か思いつくでしょ」
次回、『絶望の暗黒大陸で、俺だけがカピバラ(時速50km)に乗っている』
第25話「初期化――あるいは、世界がフォーマットされる日について」
お楽しみに。




