【幕間】第23.5話「兵站――あるいは、地下遺構における物資調達について」
戦いの後には、補給がある。
これは、レオが騎士団長時代に叩き込まれた鉄則だった。
どれだけ華々しい勝利を収めても、次の戦いに備えなければ意味がない。
そして今、最も補充が急がれるのは——
「聖遺物。残り五十七個」
レオは、地下遺構の一角で、残りの聖遺物を並べていた。
「投擲用が二十九個。交渉用が二十個。切り札用が八個」
「足りないの?」
「足りない。騎士団十二名の拡張メモリを維持するだけで、最低限のストックは確保しておく必要がある。戦闘で消耗した分を考えると、百個は欲しい」
「百個……。どこから調達するの?」
「それが問題だ。地上は白い豆腐だらけで、ウォンバットの生息地も不明。闇市に戻るには距離がありすぎる」
レオは、腕を組んだ。
騎士団長としての兵站管理能力が、フル稼働していた。
「……と、思っていたんだが」
「思っていたんだが?」
「見つけた」
レオが指差した先——地下遺構の奥の通路。
暗い通路の向こうに、丸い影が動いていた。
ずんぐりとした体。短い脚。平べったい頭。
ウォンバット。
野生のウォンバットが、この遺構の中に棲みついていた。
「……なぜ、地下遺構にウォンバットが」
「たぶん、地上が豆腐化して住めなくなったから、地下に避難してきたんだと思う」
「なるほど……」
レオの目が、輝いた。
「産地直送だ」
◇
レオは、ウォンバットたちに近づいた。
三匹。
いずれも成体。
丸い目で、レオを見上げている。
「……お前たち」
キウィが、翻訳した。
「怖がってはいないよ。むしろ、あなたのピンクの肌に興味があるみたい」
「興味?」
「仲間だと思ってるのかも。色が似てるから」
「俺の肌は、ウォンバットの色には似ていないだろう」
「鼻先の色は近いよ」
「…………」
レオは、ウォンバットたちの前にしゃがんだ。
「お前たちに、提案がある」
キウィが翻訳する。
「俺は、お前たちが作るものを必要としている。お前たちは、食料を必要としている。ここに、相互利益に基づく取引の余地がある」
ウォンバットたちは、首を傾げた。
「つまり——」
レオは、背負い袋から、保存していた食料を取り出した。
乾燥させた植物の葉。
道中で集めていた、ウォンバットが好む種類の葉だった。
「これを提供する。代わりに、お前たちの『産出物』を回収させてもらう」
ウォンバットたちが、葉の匂いを嗅いだ。
一匹が、葉を食べ始めた。
もぐもぐ。
二匹目も食べ始めた。
もぐもぐもぐ。
「……交渉成立のようだな」
「食べてるだけで、別に契約に同意したわけじゃないと思うけど」
「食べた時点で、黙示の承諾だ」
「…………」
◇
数時間後。
ウォンバットたちは、食事を終えた。
そして、予想通りのことが起きた。
コロッ。
キューブ状の物体が、ウォンバットの後部から転がり出た。
「聖遺物、一号」
レオが、即座に回収した。
コロッ。
「聖遺物、二号」
コロッ。
「三号」
コロコロコロ。
「四号、五号、六号——!」
ウォンバットは、一度の排泄で四から八個の立方体を産出する。
三匹のウォンバットが、合計で十八個の聖遺物を産出した。
「十八個……!」
レオは、新鮮な聖遺物を手に取った。
共鳴能力で、情報を読んだ。
「『硬度3.9、密度1.7、製造年月:たった今、製造者:オス、成体、推定年齢五歳』……。できたて。まだ温かい」
「温かいって言わない方がいいと思う」
「何故だ。鮮度は重要だ」
「鮮度って……」
レオは、新鮮な聖遺物を丁寧に並べた。
「品質は悪くない。闇市で購入したものと比較して、硬度はやや劣るが、密度と組成は同等。投擲用として十分に使える」
「産地直送の強みだね」
「その通りだ。流通コストゼロ。中間業者なし。生産者との直接取引」
◇
レオは、ウォンバットたちを「輜重兵」として正式に徴用した。
「お前たち三匹を、聖フォルティア王国騎士団・輜重部隊として臨時編成する」
キウィが翻訳した。
ウォンバットたちは、もぐもぐと葉を食べ続けていた。
「任務は一つ。食べて、出すこと。それがお前たちの役割だ」
もぐもぐ。
「報酬は、上質な葉と、安全な住処。この遺構の一角を、お前たちの宿舎とする」
もぐもぐもぐ。
「質問はあるか」
もぐもぐ。
「ないようだな。任務開始」
もぐもぐもぐもぐ。
フェリクスが、横で記録を取っていた。
「……レオさん。輜重兵の任務が『食べて出す』というのは、騎士団の歴史において——」
「前例がないことは承知している。だが、戦場では結果が全てだ」
「結果……」
「聖遺物の安定供給。それが結果だ。方法がどうであれ、補給線が確立されたことは戦略的勝利だ」
「…………」
フェリクスは、黙ってメモを取った。
「輜重兵:ウォンバット三名。任務:摂食および排泄。生産効率:一日あたり約五十四個(推定)」
騎士団の公式記録に、異例の一文が加わった瞬間だった。
◇
ガレスが、報告に来た。
「団長殿。輜重部隊の第一日目の生産実績をご報告します」
「聞こう」
「ウォンバット一号:十九個。ウォンバット二号:十六個。ウォンバット三号:二十一個。合計、五十六個」
「五十六個。推定を上回ったな」
「はい。特に三号は、食事量と生産量の相関が高く、効率的です」
「三号には、特別配給を許可する。おやつだ」
「了解しました。おやつの内容は」
「上質な葉の追加支給。一日二回」
「承知しました」
ガレスは、真顔で敬礼した。
ウォンバットのおやつの支給命令を、騎士として真剣に遂行する。
それが、聖フォルティア王国騎士団の規律だった。
◇
レオは、新たに補充された聖遺物を加えて、在庫を確認した。
「既存五十七個に、本日の生産五十六個を加えて、百十三個。目標の百個を超えた」
「よかったね」
「ああ。これで、当面の戦闘と騎士団の維持に必要なストックは確保された」
レオは、満足げに頷いた。
「兵站は、戦争の根幹だ。これを怠れば、どんな精鋭も動けなくなる」
「騎士団長らしい考え方だね」
「騎士団長だからな」
レオは、ウォンバットたちを見た。
三匹のウォンバットは、もぐもぐと葉を食べていた。
平和だった。
世界がバグに侵食され、システムが崩壊しかけている中で、この一角だけは、平和だった。
【幕間】第23.5話「兵站――あるいは、地下遺構における物資調達について」
――終――
【次回予告】
「……団長殿。前方に、巨大な門が見えます」
「門?」
「はい。黒と白の市松模様です。そして、門の前に何かが——」
「パンダだ」
「パンダ?」
「白黒の熊。この門の番人だ」
「キウィ、あのパンダは何者だ」
「コア・ゲートの番人。二進法の司祭。全ての問いに『0か1か』で答えることを求めてくる」
「0か1か」
「うん。白か黒か。正しいか間違いか。グレーゾーンは、許されない」
「……ピンクは、どちらに分類されるんだ」
「されない。それが問題」
次回、『絶望の暗黒大陸で、俺だけがカピバラ(時速50km)に乗っている』
第24話「論理――あるいは、白黒つけられない門番について」
お楽しみに。




