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第23話「侵略――あるいは、システムから送られたパッチ(刺客)について」

 地上に出た瞬間、空が割れた。


 比喩ではない。


 文字通り、空のテクスチャに亀裂が走り、その裂け目から銀色の物体が降ってきた。


「……団長殿! 上空に、何かが接近しています!」


 ガレスが叫んだ。


 レオは空を見上げた。


 銀色の光。


 一つではない。


 二十。三十。四十。


 まだ増えている。


「……キウィ。あれは何だ」


「パッチ。運営が送ってきた、強制排除プログラム」


「強制排除?」


「私たちが没データの騎士団を再起動したことが、検知された。システムが『不正なデータ復旧』と判断して、排除ユニットを射出したの」


 銀色の物体が、地上に着弾し始めた。


 着弾。


 土煙。


 そして、土煙の中から、姿を現した。


 機械化された動物たち。


 機械化ヘビ。機械化サソリ。機械化コウモリ。


 全身がチタン装甲で覆われ、目は赤い光を放っている。


 カインの機械化ハシビロコウと同じ系統——だが、数が桁違いだった。


「……未確認の非正規武装集団」


 レオの目が、鋭くなった。


 ピンクの肌が、かすかに発光した。


「騎士団、戦闘隊形を取れ!」



   ◇



 十二人の騎士たちが、即座に動いた。


 聖遺物型拡張メモリのおかげで、動きは滑らかだった。


 カクカクした動作は、もうない。


 人間の騎士と、ほぼ遜色のない動きで、陣形を組んだ。


「楔形陣!」


 レオが号令をかけた。


 楔形陣——V字型の突撃陣形。


 先頭にレオ。その両翼に六人ずつの騎士。


 そして、楔の中心に——


「ゴート様。お願いします」


「ぬ」


 ゴートが、陣形の真ん中に入った。


 楔形陣の核。


 レオが先導し、騎士が両翼を守り、ゴートが中心から全体を支える。


「……団長殿。敵の数が多すぎます。概算で五十体以上」


「五十体か」


「我々は十三名。圧倒的に不利です」


「不利だが、不可能ではない」


 レオは、聖遺物を一つ取り出した。


 投擲用。硬度4.5。切り札クラスの一歩手前。


「聖遺物投擲術を使う」


「聖遺物投擲術?」


「俺が開発した戦術だ。聖遺物を敵に投げつける」


「……糞を投げるのですか」


「聖遺物だ」


「了解しました。聖遺物を投げるのですね」


「そうだ。お前たちも投げろ」


「我々も?」


「ああ。各自、追加メモリの予備として支給した聖遺物から、投擲用を二個ずつ抜け。それを武器にしろ」


「了解しました。……聖遺物投擲、準備完了」


 十二人の騎士が、それぞれ二個の聖遺物を手に持った。


 レオと合わせて、計二十五個の聖遺物が投擲可能。


 騎士団の新しい飛び道具。


「……騎士が糞を投げる。八百年の歴史で、こんな光景は初めてだ」


 ゼノンが、後方で呟いた。



   ◇



 機械化アニマルの群れが、突撃してきた。


 先頭は機械化サソリの一団。


 尾の毒針が、チタンの刃に置き換わっている。


「投擲用意!」


 レオが叫んだ。


「距離三十メートル! 投げろ!」


 十三人が、一斉に聖遺物を投げた。


 二十五個の聖遺物が、放物線を描いて飛んだ。


 硬度4.0以上のキューブ状の物体が、音を立てて機械化サソリに命中した。


 ガキン。ガキン。ガキン。


 機械化サソリの装甲に、聖遺物がめり込んだ。


「……効いてる」


 一体の機械化サソリが、よろめいた。


 聖遺物が命中した箇所から、赤い光が消えていく。


「……追加メモリの接触により、機械化プログラムが一時的にフリーズしている」


 フェリクスが分析した。


「聖遺物のデータ密度が高すぎて、パッチの処理能力を超えているんです。一種のバッファオーバーフローです」


「つまり、聖遺物を当てれば敵が止まるのか」


「一時的にですが、はい」


「よし。全員、第二射準備!」


 レオは、袋から追加の聖遺物を取り出した。


 だが、数に限りがある。


 投擲用は残り四十七個から使った分を引いて、すでに三十個を切っている。


「……遠距離戦だけでは持たない。近接戦に移行する」


「団長殿。近接戦の場合、我々の剣は——」


「ないだろう。没データの時に、武装は失われている」


「はい」


「なら、素手でやれ。聖遺物を拳に握って殴れ。硬度4.0以上の聖遺物は、素手の攻撃力を大幅に強化する」


「聖遺物ナックル……」


「そうだ。行くぞ!」



   ◇



 レオが先頭に立ち、楔形陣が突撃した。


「全軍、突撃ーーーッ!」


 十三人の騎士が、機械化アニマルの群れに突っ込んだ。


 レオは折れた聖剣と聖遺物の二刀流。


 右手の聖剣で敵の装甲を切り裂き、左手の聖遺物で関節部に叩き込む。


「一体!」


 機械化コウモリの翼を砕いた。


「二体!」


 機械化ヘビの頭部を聖遺物で殴り飛ばした。


 ガレスが、レオの背後を守っていた。


「団長殿、左翼に三体!」


「任せた!」


「了解! 聖遺物ナックル——!」


 ガレスが、聖遺物を握った拳で機械化サソリを殴った。


 聖遺物が機械化サソリの装甲に接触した瞬間、赤い光が消え、機械化サソリが停止した。


「効果確認! 接触による即時フリーズ!」


 他の騎士たちも、次々と機械化アニマルを撃破していった。


 聖遺物ナックル。


 聖遺物投擲。


 糞を握って殴り、糞を投げて止める。


 騎士団の歴史において、前代未聞の戦術だった。


 だが、効果は絶大だった。



   ◇



 だが、数が多すぎた。


 五十体以上の機械化アニマル。


 倒しても倒しても、空の裂け目から新たなユニットが降ってくる。


「……キウィ! いつまで降ってくるんだ!」


「わからない! 運営が止めるまで、たぶんずっと!」


「ずっと?」


「パッチは、対象が排除されるまで送り続けられる。私たちが全滅するか、運営が諦めるか——」


「諦めさせる方法は」


「ない。……いや、ある」


「何だ」


「処理能力を超えさせる。パッチの送信サーバーをオーバーロードさせれば、送信が止まる」


「どうやって」


「癒やしの過負荷。この大陸のシステムは、『絶望』を前提に設計されてる。大量の『癒やし』を一度に発生させれば、処理が追いつかなくなる」


「癒やしの過負荷……」


 レオは、ゴートを見た。


 ゴートは、楔形陣の中心で静かに立っていた。


 半開きの目。虚無の表情。


 だが、ゴートの周囲だけ、空気が違った。


 温かく、穏やかで、何もかもがどうでもよくなるような——圧倒的な「虚無」の力場。


「……ゴート様」


「ぬ」


「お願いがあります」


「ぬ」


「走ってください。全力で」


「ぬ」


 ゴートが、前を向いた。


 レオが、ゴートの背に飛び乗った。


「全員、道を開けろ! ゴート様が突撃する!」


 騎士たちが、左右に散った。


 機械化アニマルの群れの真ん中に、一本の道ができた。


 ゴートが、走り始めた。


 時速十キロ。


 二十キロ。


 三十キロ。


 四十キロ。


 五十キロ。


 最高速度。


 カピバラの全力疾走。


 そして、ゴートが駆け抜けた場所から、波紋が広がった。


 「癒やし」の波紋。


 温かく、穏やかで、全てを受け入れる力。


 機械化アニマルたちが、次々と停止していった。


 赤い光が消え、チタンの装甲が緩み、攻撃プログラムが沈黙する。


 ゴートの癒やしが、パッチの殺意を上書きしていく。


「……止まった」


 レオが、呟いた。


 機械化アニマルの群れが、全て停止していた。


 そして、空の裂け目からの送信も、止まった。


「……キウィ。止まったか」


「止まった。パッチサーバーが、癒やしの過負荷でフリーズしたみたい」


「よし」


 レオは、ゴートの背の上で息を整えた。


 ピンクの肌が、汗で光っている。


「……ゴート様。ありがとうございます」


「ぬ」


 ゴートは、何事もなかったかのように、草を食み始めた。



   ◇



 戦闘が終わった。


 停止した機械化アニマルたちは、やがてテクスチャが剥がれ、白い豆腐——基本オブジェクト——に変わっていった。


 白い立方体が、荒野に散乱している。


「……被害報告」


 ガレスが、各騎士の状態を確認した。


「全員、軽傷のみ。戦闘不能者なし。ただし、聖遺物の消耗が——」


「どのくらいだ」


「投擲と接触攻撃で使用した分が十八個。残りの備蓄は——」


「五十七個」


 レオは、即座に答えた。


「投擲用が二十九個、交渉用が二十個、切り札用が八個」


「…………」


「十分だ。まだ戦える」


 ガレスは、団長を見た。


 ピンクの肌で、汗にまみれ、聖遺物を大切に数えている団長を。


「……団長殿」


「何だ」


「お強いですね」


「当然だ。俺は騎士団長だ」


「はい。……ピンクですが、騎士団長です」


「ピンクは余計だ」


「失礼しました」



第23話「侵略――あるいは、システムから送られたパッチ(刺客)について」


――終――



【次回予告】


「……団長殿。戦闘で消耗した聖遺物の補充が急務です」


「ああ、わかっている」


「しかし、この地下遺構には聖遺物の自然供給源が——」


「ある」


「……え?」


「あそこを見ろ。奥の通路の先に、何かがいる」


「あれは……ウォンバット?」


「野生のウォンバットだ。この遺構に棲みついているらしい」


「つまり、産地直送の聖遺物が……」


「そういうことだ」


次回、『絶望の暗黒大陸で、俺だけがカピバラ(時速50km)に乗っている』


【幕間】第23.5話「兵站――あるいは、地下遺構における物資調達について」


お楽しみに。

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