第22話「統合――あるいは、Tポーズの騎士団と、追加メモリとしての聖遺物について」
地下神殿。
十二体のTポーズの騎士たちが、緑色の光の中に佇んでいる。
レオは、彼らの前に立っていた。
百九十五個の聖遺物を詰めた三つの袋を、足元に置いて。
「……キウィ。もう一度確認する。聖遺物を『追加メモリ』として使えば、彼らを動かせるのか」
「たぶん。彼らのデータ自体は壊れてない。動くためのリソース——演算容量が足りないだけ。聖遺物を接続すれば、その分の容量が補填される」
「接続? どうやって」
「彼らの後頭部を見て」
レオは、一番手前の騎士の背後に回った。
後頭部。
鎧の首元と頭蓋の間に、小さな溝があった。
正方形の溝。
聖遺物と、ほぼ同じサイズの。
「……スロット」
「そう。拡張メモリ用のスロット。そこに聖遺物を挿せば、追加メモリとして機能する」
レオは、聖遺物を一つ取り出した。
ピンク色の指で持ち上げ、情報を読んだ。
「『硬度4.3、密度1.8、二ヶ月前、オス』……投擲用。だが、今は別の用途に使う」
聖遺物を、騎士の後頭部のスロットに近づけた。
カチッ。
はまった。
完璧に。
聖遺物が、スロットに吸い込まれるように収まった。
「…………」
何も起きなかった。
一秒。
二秒。
三秒。
「……動かないぞ」
「もう少し待って」
五秒。
十秒。
カクン。
騎士の頭が、小さく動いた。
「…………!」
カクン。
もう一度。
カクン、カクン、カクン。
頭が、左右に揺れ始めた。
不自然な動き。
関節が錆びた人形のような、ぎこちない動き。
そして——
騎士の目が、光った。
暗い瞳に、生命の色が戻った。
「…………」
騎士が、口を開いた。
「……起動中……。システムチェック……。メモリ容量……不足……追加メモリ検出……聖遺物型……容量補填……完了……」
騎士の腕が、ゆっくりと下がった。
Tポーズが、解除された。
「……起動完了。聖フォルティア王国騎士団、第三席、ガレス。……団長はどこだ」
ガレスと名乗った騎士が、周囲を見回した。
そして、レオを見た。
「…………」
レオを、じっと見た。
「……誰だ、お前は」
「レオ・ヴァルハルトだ。騎士団長」
「…………」
ガレスの目が、レオの全身を上から下まで見た。
ピンクの肌。ボロボロの鎧。折れた聖剣。
そして、背後に控えるカピバラ、魔王、猫耳の従者、鳥、スナネコの群れ、子カピバラの群れ、ナマケモノ、クオッカ。
「……団長殿。失礼ですが、一つ確認させていただきたい」
「何だ」
「軍装規定第七条——騎士は、任務中において定められた正装を維持し、著しい容姿の変容を行ってはならない。団長殿の現在の肌色は、規定に違反しているのではないでしょうか」
「…………」
「ピンクは、騎士の色ではありません」
「…………」
「不敬罪の可能性があります」
「待て」
◇
レオは、ガレスの前に立った。
「ガレス。お前の指摘は正しい。俺の肌は、確かにピンクだ。軍装規定に違反している」
「はい」
「だが、これには理由がある」
「理由?」
「聖遺物との共鳴によるものだ。俺は、聖遺物と共鳴する能力を得た。その副作用で、肌がピンクに変色した」
「聖遺物と……共鳴?」
「ああ。お前の後頭部に刺さっているものが、聖遺物だ」
ガレスは、自分の後頭部に手をやった。
聖遺物に触れた。
「……これが」
「そうだ。お前が動いているのは、聖遺物の力だ。そして、俺がピンクなのも、聖遺物の力だ」
「…………」
「つまり、俺のピンクは『聖遺物由来の正当な変色』であり、軍装規定違反ではない。戦傷による容姿変化と同等の扱いとなる」
ガレスは、考えた。
「……戦傷扱い」
「そうだ」
「……騎士団規律第十二条の二項——『任務中に負った傷に起因する容姿の変化は、軍装規定の例外とする』……」
「その通りだ」
「しかし、団長殿。肌がピンクになることは『傷』と言えるのでしょうか」
「言える。俺は、聖遺物との共鳴という過酷な試練を経て、この色を得た。これは名誉の戦傷だ」
「名誉の……」
「名誉のピンクだ」
「…………」
ガレスは、しばらく黙った。
そして、姿勢を正した。
「……了解しました、団長殿。名誉のピンク、認めます」
「よし」
「ただし、団長殿」
「何だ」
「名誉のピンクという概念は、騎士団の歴史において前例がありません」
「前例がなくとも、俺が作る。団長権限だ」
「……了解しました」
◇
レオは、残りの十一体の騎士たちも起動させることにした。
一人一人の後頭部のスロットに、聖遺物を挿入していく。
カチッ。カチッ。カチッ。
「……起動中……起動中……起動中……」
一体、また一体と、Tポーズが解除されていく。
腕が下がり、目に光が戻り、口が言葉を紡ぎ始める。
二人目。
「……第五席、ハルト。起動完了。……団長殿、その肌の色は——」
「名誉のピンクだ」
「…………了解しました」
三人目。
「……第七席、エルマ。起動完了。……団長殿、なぜピンクに——」
「名誉のピンクだ。質問は受け付けない」
「了解しました」
四人目。
「……第九席、ブレン。起動完了。……団長——」
「ピンクについては聞くな」
「了解しました」
以降、レオは各騎士が起動するたびに、ピンクの説明を省略するようになった。
五人目からは、先に起動した騎士が後続の騎士に「あれは名誉のピンクだ」と事前に伝えるシステムが自然発生した。
「……第十一席、ロゼ。起動完了。……あ、ピンクの件は聞きました。名誉のピンクですね」
「そうだ。わかりが早いな」
「はい。ガレス殿が全員に通達していました」
「ガレス、有能だな」
「恐縮です、団長殿」
◇
十二人全員が、起動した。
Tポーズの騎士たちが、動く騎士たちに変わった。
ただし、動きはまだぎこちなかった。
カクカクとした挙動。
関節の動きが滑らかではない。
「……キウィ。動きがぎこちないのは」
「メモリが足りてないからだよ。一人一個の聖遺物じゃ、最低限の動作しかできない。滑らかに動くには、もっと必要」
「どのくらい」
「一人あたり、最低五個。理想は十個」
「十二人分で六十個から百二十個か」
「うん」
レオは、袋を見た。
十二個使って、残り百八十三個。
全員に十個ずつ配れば百二十個。残りは六十三個。
「……配分を考える」
レオは、聖遺物を並べ始めた。
百八十三個の聖遺物を、品質順に。
「投擲用の中から、硬度4.0以上のものを騎士団用に転用する。保存用と交渉用は温存。切り札用八個は絶対に使わない」
レオは、聖遺物を分配した。
各騎士に追加で九個ずつ。計百八個を使用。
「残り七十五個。うち切り札用が八個、交渉用が二十個、投擲用が四十七個」
「足りる?」
「足りるかどうかはわからない。だが、仲間が動く方が優先だ」
レオは、各騎士の後頭部のスロットに、追加の聖遺物を挿入していった。
カチッ、カチッ、カチッ。
騎士たちの動きが、滑らかになっていった。
カクカクした挙動が、人間らしい動作に変わっていく。
「……おお」
ガレスが、自分の手を開いたり閉じたりした。
「動く。……ちゃんと動く」
「当然だ。俺の聖遺物は最高品質だ」
「団長殿の聖遺物は、確かに優れた追加メモリです。この動作の滑らかさは、正規のシステムメモリに匹敵します」
「だろう。俺が丁寧に選別したものだからな」
レオの目に、涙が浮かんでいた。
騎士たちが、動いている。
仲間が、生きている。
十二人の騎士が、Tポーズから解放されて、ここに立っている。
「……よし」
レオは、姿勢を正した。
「聖フォルティア王国騎士団、全員集合」
十二人の騎士が、一列に並んだ。
「団長、レオ・ヴァルハルトより通達する」
レオは、一人一人の顔を見た。
「お前たちは、没データとしてここに保管されていた。理由は不明だ。だが、今、聖遺物の力で再起動した。お前たちは再び、騎士として立っている」
「…………」
「俺は、お前たちのことを覚えていない。記憶が消されたからだ。だが、紋章は同じだ。誓いは同じだ。俺たちは、聖フォルティア王国騎士団だ」
騎士たちが、胸に手を当てた。
「これより、我が騎士団は北へ向かう。この世界の真実を知るために。そして、この世界を——」
レオは、言葉を選んだ。
「——守るために」
騎士たちが、声を揃えた。
「了解しました、団長殿!」
ガレスが、一歩前に出た。
「団長殿。一つだけ、よろしいでしょうか」
「何だ」
「我々の追加メモリが……その……ウォンバットの糞であるという事実について、騎士団の公式記録にはどのように記載されるのでしょうか」
「聖遺物だ」
「はい」
「公式記録には『聖遺物型拡張メモリ』と記載する」
「……了解しました。聖遺物型拡張メモリ、ですね」
「そうだ。糞という単語は、騎士団の記録に残さない」
「承知しました、団長殿」
ガレスは、真顔で敬礼した。
他の騎士たちも、真顔で敬礼した。
全員が、「名誉のピンク」と「聖遺物型拡張メモリ」を、真剣に受け入れていた。
◇
レオは、地下神殿を見渡した。
十二人の騎士。
魔王ゼノン。猫耳のフェリクス。翻訳者キウィ。
カピバラのゴートと十二匹の子カピバラ。ナマケモノ。クオッカ。
スナネコの群れ。
「……大所帯になったな」
「なったね」
「だが、これでいい。仲間は多い方がいい」
レオは、階段を見上げた。
Enterキーの蓋の向こうに、白い豆腐の村が広がっている。
そして、その先に——世界の真実が待っている。
「……行くぞ。全員、地上に出る」
「了解!」
一行は、階段を上り始めた。
ピンクの騎士団長。十二人の騎士。魔王と従者。動物たち。
暗黒大陸に、かつてない規模の一団が、動き始めた。
第22話「統合――あるいは、Tポーズの騎士団と、追加メモリとしての聖遺物について」
――終――
【次回予告】
「……団長殿。上空に、何かが接近しています」
「何かとは」
「銀色の……機械化された動物の群れです。空から降ってきています」
「空から?」
「はい。大量に。数は……二十……三十……まだ増えています」
「……キウィ。あれは何だ」
「パッチだよ。運営が送ってきた、強制排除プログラム。私たちが騎士団を再起動したことが、検知された」
「つまり、敵か」
「うん。敵」
「……よし。騎士団、戦闘隊形を取れ」
次回、『絶望の暗黒大陸で、俺だけがカピバラ(時速50km)に乗っている』
第23話「侵略――あるいは、システムから送られたパッチ(刺客)について」
お楽しみに。




