第17話「市場――あるいは、糞の価値が暴騰する日について」
北へ進むこと二日。
一行は、奇妙な場所にたどり着いた。
荒野の真ん中に、突如として現れた集落。
テントが並び、露店が立ち並び、様々な生物が行き交っている。
魔族。魔物。獣人。そして、見たことのない異形の者たち。
「……何だ、ここは」
「闇市」
キウィが言った。
「魔族や魔物が、非合法な品物を取引する場所。この大陸には、いくつかある」
「非合法?」
「魔王の管轄外で行われる取引。税金も払わないし、出所も問わない。何でも売ってる」
ゼノンの額に、青筋が浮かんだ。
「……私の管轄外だと?」
「魔王様は、この市場の存在を知らなかったんですか」
「知っていた。だが、放置していた。潰しても、別の場所にまた現れるからな」
「つまり、黙認していたと」
「黙認ではない。戦略的無視だ」
「同じことでは」
「黙れ、フェリクス」
一行は、闇市の入口に立った。
門番のような巨大なオーガが、じろりとこちらを見た。
「……入場料。一人十ゴールド」
「払う」
レオが、懐から金貨を取り出した。
「五人と、カピバラ十三匹と、ナマケモノ一匹と、クオッカ一匹と、鳥一羽」
「動物は無料だ。五人分で五十ゴールド」
五十ゴールドを払い、一行は闇市に入った。
◇
闇市の中は、混沌としていた。
左右に露店が並び、様々な商品が売られている。
武器。防具。魔道具。薬品。食料。呪いのアイテム。禁書。
そして——
「…………」
レオの足が、止まった。
一軒の店の前で。
看板には、こう書かれていた。
『ウォンバットの糞 高価買取・販売 ~プレミアム品多数~』
「…………」
レオは、看板を二度見した。
「……聖遺物の、再販市場……」
「あるんだね。やっぱり」
キウィが、どこか諦めたように言った。
「ウォンバットの糞は、この大陸では珍重されてるから。薬の材料とか、魔道具の触媒とか、いろいろ使い道がある」
「珍重……」
「需要があるところには、供給が生まれる。市場原理だよ」
レオは、店に近づいた。
カウンターの向こうに、ゴブリンの商人が座っていた。
「いらっしゃい。ウォンバットの糞、買うか売るか?」
「……買う」
「お、客だな。何個欲しい?」
「全部」
「え?」
「在庫、全部くれ」
ゴブリンの目が、丸くなった。
「全部? うちには今、八十七個あるんだが」
「八十七個全部だ」
「…………」
ゴブリンは、レオをじろじろと見た。
「あんた、何者だ?」
「聖遺物のコレクターだ」
「聖遺物……ああ、そう呼ぶ奴もいるな。まあいい。八十七個で、四百三十五ゴールドだ」
「高い」
「高くない。最近、ウォンバットの糞の相場が上がってるんだ。誰かが買い占めてるって噂でな」
レオは、懐を確認した。
金貨は、まだ十分にあった。
「……買う」
「毎度あり」
レオは、四百三十五ゴールドを支払った。
そして、八十七個の聖遺物を受け取った。
◇
レオは、他の店も回った。
聖遺物を扱う店は、闇市の中に三軒あった。
一軒目で八十七個。
二軒目で四十三個。
三軒目で六十一個。
合計、百九十一個の聖遺物を入手した。
元々持っていた七個と合わせて、合計百九十八個。
「……百九十八個」
レオは、三つの袋をパンパンに膨らませて、満足げに呟いた。
「これだけあれば、当分は困らない」
「レオ。財布、大丈夫?」
「大丈夫じゃない。ほぼ空になった」
「…………」
「だが、後悔はない」
ゼノンが、レオを見下ろした。
「……お前、私から渡した軍資金を、全部糞に使ったのか」
「聖遺物です」
「糞だ」
「聖遺物です」
「…………」
ゼノンは、深いため息をついた。
◇
レオが聖遺物を購入している間、噂が広がり始めていた。
「おい、見たか? あの人間」
「ああ、カピバラを連れてる奴だろ?」
「ウォンバットの糞を、大量に買ってったぞ」
「何に使うんだ?」
「さあ。でも、あいつ、肌の色がおかしくなかったか?」
「おかしい?」
「うっすらピンクがかってた」
「ピンク?」
「ああ。普通の人間の肌色じゃなかった。カピバラみたいな色だった」
「カピバラみたい……」
「聞いたことある。ウォンバットの糞に触りすぎると、肌がピンクになるって」
「マジか」
「マジらしい」
噂は、闇市の中を駆け巡った。
『カピバラを連れた、ピンク肌の騎士』
『聖遺物を大量に買い占める謎の男』
『三軒の店の在庫を全部持っていった狂人』
様々な形で、レオの存在が語られ始めていた。
◇
闇市を出る頃には、レオの名は完全に広まっていた。
「ピンク肌の騎士が、聖遺物を買い占めた」
「あいつ、聖遺物で何をするつもりだ?」
「投げて攻撃するらしいぞ」
「糞を投げて攻撃?」
「狂ってる」
「でも、強いらしい。カインって奴を撃退したって」
「カイン? あの機械化ハシビロコウを連れた奴か?」
「そうそう。聖遺物を投げて追い払ったらしい」
噂は、尾ひれがついて広がっていく。
『ピンク肌の騎士、聖遺物投擲術の使い手』
『カピバラの騎士、カインを撃退』
『ウォンバットの糞の価格、さらに暴騰中』
レオの知らないところで、レオの伝説が生まれ始めていた。
◇
闇市を出た一行は、北への旅を再開した。
レオは、三つの袋を大切に抱えていた。
「……キウィ」
「なに」
「俺の肌、本当にピンクになってるか?」
「うーん……ちょっとだけ、かな。言われなきゃ気づかないくらい」
「そうか」
「でも、確かに、普通の人間よりピンクがかってる」
「なぜだ」
「たぶん、聖遺物に触りすぎたから。ウォンバットの糞には、独特の成分が含まれてるからね」
「害はないのか」
「わからない。でも、今のところ、体調は悪くないでしょ?」
「ああ。むしろ調子がいい」
レオは、自分の手を見た。
確かに、うっすらとピンクがかっている。
カピバラの肌の色に、少しだけ近づいている。
「……ゴート様と、お揃いになりつつある」
「ぬ」
「光栄です」
「ぬ」
ゴートは、いつもと変わらず歩いていた。
◇
その夜、野営地で。
レオは、聖遺物を並べていた。
百九十八個。
整然と、格子状に。
「……美しい」
「レオ。何してるの」
「在庫の確認だ。並べて数えている」
「数えなくても、百九十八個って分かってるでしょ」
「並べて確認することに意味がある」
「…………」
キウィは、何も言わなかった。
レオの横顔を見ていた。
聖遺物に囲まれた、ピンクがかった肌の騎士。
幸せそうだった。
狂っているようにも見えた。
でも、確かに、幸せそうだった。
「……レオ」
「何だ」
「聖遺物、大切にしてね」
「当然だ」
「投げる時は、ちゃんと考えて投げてね」
「考えて投げる。無駄には投げない」
「うん」
キウィは、レオの肩に降りた。
「……キウィ?」
「ちょっと疲れた。肩、貸して」
「……ああ」
レオは、聖遺物を並べながら、キウィを肩に乗せていた。
不思議な光景だった。
ウォンバットの糞に囲まれた、ピンク肌の騎士と、肩に乗った小さな鳥。
遠くから、カインが見ていた。
丘の影から。
機械化ハシビロコウと一緒に。
「……あいつ、まだ糞を集めてやがる」
カインは、呆れたように呟いた。
「しかも、増えてる。三倍くらいに」
機械化ハシビロコウが、首を傾げた。
「……まあいい。見ていよう。あいつが何をするのか」
カインは、闇の中に溶けていった。
影からの監視は、続いていた。
第17話「市場――あるいは、糞の価値が暴騰する日について」
――終――
【次回予告】
「……レオ。あなたの肌、さらにピンクになってる」
「なってる、か」
「なってる。昨日より、明らかに濃い」
「害は、ないんだろう?」
「わからない。でも……なんか、変なことが起きてる」
「変なこと?」
「聖遺物を持った時、何か感じない?」
「感じる。……温かい。そして、声が聞こえる」
「声?」
「聖遺物が、語りかけてくる」
次回、『絶望の暗黒大陸で、俺だけがカピバラ(時速50km)に乗っている』
第18話「変異――あるいは、ピンクの肌への覚醒について」
お楽しみに。




