直して、大事に使ってもらえる人を、探します
「まずは、最初の一つを決めますわ」
わたしは、自分に言い聞かせるように言った。
「全部、直していいと言われたのに?」
「全部だからこそ、ですわ。最初の一つは、大事ですもの」
最初に選んだのは、器の棚の、ふちの欠けた磁器の鉢だった。欠けは小さい。埋めて上から模様をつないでやれば、かえって面白い一品になる。
これにしよう、と思った。思ったのに。
鉢を抱えて振り向いたら、隣の棚の、貝をはめこんだ小箱と目が合った。
目が合った、というのは言葉のあやで、箱に目はない。けれど、留め金がもげているだけで、貝の光は少しもあせていないのである。見なかったことにはできなかった。
「……こちらも。いいえ、でも、最初の一つは……」
鉢と小箱を見比べているうちに、今度は下の段の手鏡が光った。裏の彫りは、花のつる。鏡は曇っているけれど、枠は銀だ。
「殿下、少しだけ、持っていていただけますか」
鉢を、殿下の腕に押しつけた。
「一つじゃなかったのかい」
「選んでいるところです!」
どちらにしようかと迷っているあいだに、布の棚から、刺しゅうの幕の端がのぞいているのが目に入った。金糸が、まだ生きている。
小箱を殿下の腕の鉢の上に載せた。手鏡をその上に載せた。幕を引っぱり出して、肩にかけてさしあげた。
いつのまにか、第二王子殿下は古道具を抱えた荷物持ちになっていた。てっぺんで、手鏡がぐらぐらと揺れている。
「ヴィオレッタ嬢」
「はい」
「荷物はまだあるのかい?」
「……も、申し訳ございません!」
あわてて手を伸ばしたけれど、殿下はひょいと一歩下がってそれを避けた。腕のなかの荷物を、器用に抱えなおす。
「いいよ。面白いから、続けて」
そうおっしゃるので、わたしは奥へ進んだ。
そして、いちばん奥の棚の陰で足を止めた。
そこに、小さな木馬が置いてあった。
子どもがまたがって揺らす、揺り木馬である。たてがみの毛はほとんど抜けてしまっていて、塗りもあちこち剥げている。けれど、背中の、ちょうど子どもがまたがるところだけ、木の地がすべすべに擦り減っていた。手綱を握るところも、同じだった。
いったい、どれだけの子どもがここに乗ったのだろう。
この木馬は、乗っていた子が大きくなるたびに、次の子を待ったのだ。そうして、最後の子が大きくなって、もう誰もまたがらなくなって、ここへ来た。
——いずれ、まとめて捨てることになっておった。
陛下のお声が、頭のなかで響いた。
もし昨夜、わたしが泣いて帰っていたら。今朝、宝石をいただいて、それで終わりにしていたら。この木馬もあの戸棚もフクロウさまも、いつかどこかで、焼かれるのを待つだけだったのだ。
喉の奥がぎゅっと詰まった。
木馬のそばに膝をついて、擦り減った背中にそっと手を置いた。
「……間に合って、よかった」
声が、ふるえた。
両腕をふさがれたまま、殿下がわたしの隣に立った。
しばらく何もおっしゃらずに、わたしと並んで、木馬の背中をじっと見ていた。
「それで」
殿下が、静かに言った。
「ここにあるもの、全部直して、どうするんだい」
わたしは倉庫を見わたした。窓からの光のなかで、品々が静かに並んでいる。
この子たちは、捨てられるのを待っていたのではない。もう一度、誰かの手に渡る日を、待っていたのだ。
「直して」
わたしは、言った。
「直して、大事に使ってもらえる人を、探します」
殿下はしばらく、わたしを見ていた。
それから、金色の目をふっと細めた。
「……それはいいね」
殿下は、抱えていた古道具を戸棚の上にそっと下ろした。肩の幕もていねいにたたんで、その横に置く。
「同じ役にしてもらって、よかった。これは、一人じゃ手が足りないだろう」
「……本当に、手伝ってくださるのですか。殿下が」
「俺は、できないことは言わないよ」
そう言って、殿下は扉のほうへ歩いていった。
「どちらへ」
「任命書を、受け取ってくる。待っていて。すぐ戻るから」
足音が遠ざかって、倉庫にはわたしとフクロウさまだけが残った。
高い窓の光が、少しずつ床の上を動いていく。わたしは木馬の隣に座って、扉が開くのを待った。
「……待つのは、よい」
フクロウさまが、棚の上から言った。
「わしなど、ずいぶん長く待った」
どれくらい、とは、聞けなかった。
*
殿下が戻ってきたのは、窓から差しこむ光が金色からあかね色に変わるころだった。
手に、一枚の紙を持っていた。
「はい」
差し出された紙には、陛下の署名と王家の印が押してあった。
『エーレンフェルト侯爵家息女ヴィオレッタ、ならびに第二王子リオネルを、宮廷リメイク師に任ずる。城にあるあらゆる品の検分と修繕、ならびにその行き先の一切を、両名に委ねる。城の奥の廃棄倉庫は、これを両名の工房とする』
わたしは任命書を、何度も読み返した。
全部。あの戸棚も、ろうそく立ても、木馬も。フクロウさまも。もう、誰にも捨てられない。それどころか、城じゅうの、ずっと直したかったものまで、ぜんぶ。
「ありがとう、ございます……」
ようやく、それだけ言えた。
「礼なら、父上に」
「殿下にも、ですわ。倉庫のことも、同じ役のことも」
「手伝いがいるだろう?」
殿下は戸棚にもたれて、こともなげに言った。
「道具が要るならそろえる。人手が要るなら、俺が運ぶよ」
「で、殿下に、運んでいただくわけには」
「もう任命されたからね」
……返す言葉が、なかった。
わたしは任命書を胸に押し当てた。
「では、ここは、リメイク工房ですわ」
「いい響きだ。父上も、ずいぶん気に入っていたようだよ」
扉を閉めるころには、外はすっかり暗くなっていた。
「明日から、忙しくなりますわ」
ほこりだらけの袖を下ろしながら、わたしは言った。まずは掃除。それから灯り。それから、あの木馬のたてがみ。
「屋敷まで、送るよ」
「毎日送っていただくわけには、まいりません」
「これもお役目のうちさ」
殿下は当たり前のことのように言った。
「朝も、迎えに行く。そのつもりでいて」
「そ、それは……父が、なんと申しますか」
「大丈夫じゃないかな」
扉の向こうの暗がりで、ほう、と、フクロウさまが一声だけ鳴いた。
*
翌朝。
屋敷の門の前に、本当に第二王子殿下の馬が止まっていた。
門の内側では、父が黙って剣を磨いていた。
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