わたし、リメイクがしたいのです
侯爵家の屋敷の門には、灯りがこうこうとともっていた。
夜更けである。いつもなら門番が一人あくびをしているだけの時刻なのに、今夜は使用人たちが手に手に灯りを持って、門の内側に勢ぞろいしていた。そのまんなかに、父と母が立っている。
馬車の扉が開くより先に、父の声が飛んできた。
「ヴィオレッタ!」
部屋着の上に、上着を引っかけただけの格好だった。髪も乱れている。夜会のことは、もう屋敷まで届いていたらしい。どなたかが、馬を飛ばして知らせてくださったのだろう。
リオネル殿下の手を借りて、馬車を降りる。降りたとたん、父の大きな手がわたしの両肩をつかんだ。
「怪我は。どこか、痛むところは」
「ございません、お父さま。わたしは、このとおり」
言いかけたところで、父の目がわたしの手首に落ちた。
指の跡が、まだうっすらと赤く残っていた。
父の顔が、見る見るうちに赤くなっていった。耳も首すじも真っ赤である。わたしに怒っているのではないことは、すぐに分かった。
「……あの青二才め」
ひどく低い声だった。
「馬を引け。今から城へ行く」
「旦那さま、そのお召し物で……!」
「かまわん! 剣も持ってこい!」
執事が青くなって、父の袖にすがりついた。使用人たちはおろおろするばかりである。
「アル」
母の声だった。
扇の陰から、たった一言。それだけで、父の足がぴたりと止まった。
「……リリアーヌ。しかし」
「娘が帰ってきたのですよ。先に言うことが、あるでしょう」
父はしばらく口をぱくぱくさせていた。それから、ぐっと唇を結んで、わたしを見た。
大きな腕が、わたしを抱きしめた。
「……よく、帰った」
声が、少しかすれていた。
父の上着から、夜風と馬の匂いがした。知らせを受けてからずっと門の前に立っていたのだと、それで分かった。ひょっとすると一度は城へ向かいかけて、母に止められたのかもしれない。
胸が、じんと熱くなった。
前世のわたしにも、帰る家はあった。けれど最後の日に、「ただいま」を言えなかった。布を抱えて帰る途中で、それきりになってしまったのだから。
「ただいま帰りました、お父さま、お母さま」
今夜は、ちゃんと言えた。
母が扇をたたんで、わたしの頬にそっと触れた。
「おかえりなさい、ヴィオレッタ。……ずいぶん、いい顔をしているわね」
「そう、でしょうか」
「ええ。婚約を破棄された娘の顔には、とても見えないわ」
母の目が笑っていた。どこまで話が届いているのだろう。お礼を申し上げたことも廊下でまわったことも、もう全部知られているような気がした。
それから、母の目はわたしのうしろへ移った。
リオネル殿下が、馬車の横に立っていらした。
「侯爵、夜分に失礼する」
殿下が、父に向かってきちんと挨拶をする。
父も、殿下にあらためて臣下の礼をとった。
「……殿下が、娘を助けてくださったと、聞きました」
「兄が、無礼をした。弟として、おわびする」
「いいえ、殿下にわびていただくことでは、ございません」
「今夜は、お嬢さんを送ってきただけだ」
父の眉が、ぴくりと動いた。
「陛下のお召しのことは、聞いているか」
「はい。承っております」
「では、明朝、父上の前で、また会おう」
殿下は父にうなずいて、それから、わたしのほうを見た。
「おやすみ、ヴィオレッタ嬢。よく眠るんだよ」
父の眉が、またぴくりと動いた。
母が扇をひらいて口もとを隠した。隠しても肩が揺れているので、笑っているのは丸分かりである。
馬車が門を出ていく。わたしは、その灯りが角を曲がって見えなくなるまで見送った。
「……ヴィオレッタ」
「はい、お父さま」
「あれは、なんだ」
「なんだ、と申されましても。リオネル殿下ですわ」
「そういうことを聞いているのでは、ない」
父はそれきり黙ってしまった。母が父の腕に手をかけて、屋敷のほうへ引っぱっていく。
「さあさあ、明日は早いのですから。あなたも、剣を磨くのはおやめになって、早くお休みになってくださいな」
「磨いてなどおらん」
「磨こうとしていらしたでしょう」
父は、答えなかった。
*
翌朝、父と二人で、城へ上がった。
通されたのは、玉座の間ではなかった。陛下の私室である。窓の大きな日当たりのいいお部屋で、壁ぎわの棚には、読みかけの本が横倒しのまま押しこまれていた。
国王陛下は、窓を背にして立っていらした。
玉座にいらっしゃるときの陛下は、めったにお声を出さない方である。式典でも黙ってうなずかれるだけで、そのうなずき一つで話が決まる。わたしは、そういう陛下しか存じ上げなかった。
その陛下が、わたしたちが入ると窓辺からこちらへ向き直られた。
「アルフレッド。このたびのことは、王家の不始末である。わびる」
短いお言葉だった。
わたしは耳を疑った。陛下が臣下に向かってわびの言葉を口にされるなど、聞いたこともない。
父は腕を組んだまま、何も言わなかった。眉ひとつ動かさない。
陛下と父は、いとこ同士だと聞いている。子どものころは、同じ庭で木登りをした仲なのだとか。その陛下が、父の返事を待っている。父は返事をしない。
沈黙が長かった。窓の外で、小鳥がのんきに鳴いている。
やがて陛下は、わたしのほうをご覧になった。
「ヴィオレッタ。……怖い思いをさせた」
「いえ、陛下。わたしは——」
楽しかったです、と言いかけて、あわてて飲みこんだ。さすがに、それは申し上げてはいけない気がする。
「——リオネル殿下が、助けてくださいましたので」
陛下の目が、部屋の隅へ動いた。
そこに、リオネル殿下がいらした。窓辺の壁に腕を組んでもたれている。入ってきたときには、ちっとも気がつかなかった。
目が合うと、殿下は口の端をかすかに上げた。
——明日、会いに行くと言ったろう?
声に出さなくても、そう言われた気がした。胸が、とくんと鳴った。
「ランドルフは、謹慎させた」
陛下が、おっしゃった。
「処分が決まるまで、部屋から出さぬ。……あれは、自分が何を捨てたのか、まるで分かっておらん。爵位を、あれの一存で動かせると思っておったとは」
陛下は、こめかみを押さえて、深いため息をつかれた。
「それに、今朝から、文官どもが列をなしておる。ヴィオレッタ嬢を戻していただけぬかと、泣きながらな」
「まあ。当面必要な書類は、殿下の机の引き出しに、まとめてまいりましたのに」
「それを読み解ける者が、おらんのだ」
陛下のため息が、もう一段深くなった。窓辺で、リオネル殿下がうつむいて肩を揺らしていた。
……笑っていらっしゃる。
陛下は、せきばらいをして、姿勢をあらためられた。
「わびのしるしに、何なりと申せ。宝石でも、土地でも、そなたの望むものを」
わたしは、少し考えた。
宝石なら、もうたくさん持っている。妃になるためにと贈られたものばかりで、どれも重たくて、箱にしまったきりだ。土地は、父の領地だけでじゅうぶんすぎる。
欲しいものなら、ある。昨夜から、ずっと胸のなかにある。
——今度こそ、思いきり、直したい。
古いものを。傷んだものを。誰かが大事にしてきて、いまは誰にも顧みられないものを、この手でもう一度、使えるようにしたい。前のわたしが、抱えたまま届けられなかったぶんまで。
「では、陛下」
わたしは、背すじを伸ばした。
「わたし、リメイクがしたいのです」
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援していただけると、とても励みになります。
ブックマークも、更新を追いかけるのに便利です。
ヴィのリメイクを、次回も楽しんでいただけたらうれしいです。




