前菜の価値
鍋にはなみなみと油が注がれる。強い火力により、その油はすぐに煮立つ。本来、船上で熱した油の使用は火災の危険上禁止であるが、この船はちゃんとした防火対策をしているのだろう。それを見つめる恵美押延が何も注意しないのがその証左であった。
じっと油の煮える音に耳を澄ます瞬。うなずいた後に、ひとつづつ先ほどのリゾットの塊を取り出す。そっと、油にその塊を泳がす。弾ける油と、香ばしい匂い。
「コロッケ......?」
敬忠の口を懐かしい言葉がついて出る。すなわち、米をメインの具としたいわゆるライスコロッケである。
「イタリアではスップリという料理で、中にチーズを入れます。米を生産するイタリアならではの料理ですね」
丁寧に一つ一つ揚げていく瞬。並行してトマト――驚くべきことに船内の一角で栽培されていたのだが――をみじん切りにしてすりつぶし濃厚なトマトソースを作り上げる。
「器用なことだ」
腕を組みながら恵美押延がそうもらす。自分の料理――鍋から白い湯気が上がる――はすでに調理済みらしい。
「ファン(そこまで)!」
ムルソー准将の懐中時計を見つめていた一人の船員が、大きく手を上げそう宣言する。二時間の持ち時間の終了の宣言である。
すでに料理は皿に盛ってあった。冷めるのを防ぐためにどちらの皿にも蓋が載せてあったが。
『公平を期すために、食べる順番をこちらのジャポネに決めてもらおう』
そういうと、対馬守にさいころを渡すムルソー准将。
『偶数ならばロプレザンタン恵美から、奇数であればタダタカから食べさせてもらおう』
言葉はわからないものの、状況を把握する対馬守。空中に向けてそのサイコロを放り投げる。
ころころと床に転がり――出た目は――『一』。敬忠からの試食である。
瞬が小さなカニテーブルの上に皿を置く。そして、一本の瓶も。
『前菜――ではありますが、こちらのワインも一緒に』
ほう、と声をもらすムルソー准将。食前酒ということか、と理解して。
そっと蓋を開ける瞬。中から湯気と、香ばしい匂いが放たれる。見た目は――小さなコロッケ。
(確かにワインにあいそうな料理だが......前菜としては......)
敬忠の心配をよそに、ムルソー准将はフォークでコロッケを突き刺し口に運ぶ。
ゆっくりと咀嚼して、味を確かめる。
そして注がれたワインーー赤い色の液体をぐっとのどに流し込む。
少しの沈黙――
そしてもれるムルソー准将の一言。
『これは――美味い!(ス プラ エ ボン)』と――




