炊飯しない米の調理法
戦いは始まった。
『米』をテーマにした料理対決。時間制限は二時間。その時間はムルソー准将の持つ機械時計によって測定される。
瞬も恵美押延が食料の保管された棚に走り出す。日本語でその棚に書かれた食材名。迷うことなく『米』の表示を探し出し、升に取り分ける。
(さて......)
敬忠は思案を巡らす。味見役のムルソー准将は当然フランス人である。米食に到底慣れているとは考えられない。そもそも主食という考え方自体が希薄であろう。今まで瞬が作ってきた『おかずに合う主食としての米』の料理では関心を得ることも難しいように感じられた。
(心配する必要もあるまい)
瞬と過ごしたこの短い期間ではあるが、敬忠は全幅の信頼を彼女に寄せていた。今もその思いに変わりはない。自分が考えるようなことは杞憂にしか過ぎないだろうことを敬忠は確信していた。
二人とも米を研ごうとはしない。
つまり、米を『炊飯』することを考えていないということを意味していた。
敬忠はうなずく。フランス人のムルソー准将に炊いた米はまず食べられないであろうことは予測できる。日本人ならあの炊き立ての匂いに食欲を掻き立てられるかもしれない。しかし、それは多分習慣によるところが大きい。実際、ホームステイに来た外国人が朝ごはんの炊き立ての米の匂いに眉をひそめていたことを思い出す。令和の記憶であるが、それは今も同じであろう。
野菜を刻む瞬。指定された食材を敬忠は並べる。船の上だというのに野菜がとにかく新鮮である。これも『極喰無尽』の組織力なのだろうか。
瞬は米をフライパンに投じる。炒めたのちに調味料とワインを少々。
(『リゾット』か?)
令和の懐かしい料理名を敬忠は思い出す。その様子を見て笑みを漏らす恵美押延。その料理は恵美押延の想定内のものらしい。炒められて透き通った米にそっと水を注ぎこむ。少量の調味料の塊も一緒に。それはどうやら『ブイヨン』らしい。令和の世にある調味料はほとんどこの船にそろっているようにも見えた。
一方、恵美押延は腕を組んでこちらの様子を見ているばかりである。鍋が一つ。米を炊いているわけではないようだが、何やら白い煙が立ち上っている。それと何とも言えない匂い――令和の記憶を探ってもその匂いのもとは探りかねていた。
一方瞬は肉を刻む。これも塩漬けの豚肉とはいえ、かなり新鮮であるようだった。ミンチにしたものを先ほどのリゾットに放り込む。さらにはバター、小麦粉など。
「この船では牛を飼育していてね。乳製品は自給自足が可能だ」
恵美押延がそう説明する。
「確かに、新鮮なバターです」
手を止めずに瞬がそう答える。塊のようになっていくフライパンの上のリゾット。火を止めて、その塊をまな板の上に乗せる。
瞬は目を閉じる。ゆっくりとその熱が冷めるのを待つように。
一〇分もたったころだろうか、突然目を開いた瞬は包丁で小さくそのリゾットの塊を区切り、すでに用意してあった椀のなかに放り込む。小麦粉、卵――そして、瞬が事前に自分で作っていたパン粉。リゾットではない。別なものを作ろうとしていることに敬忠はようやく気付く。
「敬忠様。強力な火を起こしてください」
厨房に備え付けられた大きな鉄製の竈。燃料は石炭らしい。和紙に火をつけ、薪に移す。それを石炭の隙間に差し込む。ふいごで空気を送る。まるで刀でも打つような作業であった。
しばしの後、石炭は真っ赤な色をまとい燃え上がる。
大きな鍋を竈にかける瞬。
最後の手順に瞬は入ろうとしていた――




