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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第六章 江戸湾炎上 

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フランス船への乗船

 ゆっくりと黒い巨体が近づいてくる。和船とは異なる何本ものマストが見える。大航海を可能とするその帆。そしてまるで城のような切り立った船腹。こちらに気づいたのかゆっくりと船先を回頭し、その船腹を顕にする。

 いくつもの窓が開く。そこからは――黒く鈍く光る大砲の先がいくつも顔をのぞかせた。

「外洋船――長期航海用の船なので攻撃力は落としているのでしょうが――それでもすごい火力ですね」

 瞬の感想。敬忠はただ頷く。昔、蔦屋で見た絵草紙を思い出す。世は戦国。かの織田上総介信長公が作らせたという鉄張りの軍船『安宅船』。その威容にも増して感じられる。この国も幕府が外洋航海を禁じなければこのくらいの船が作れたのだろうかと余計なことを考える。

 甲板の上には動揺しつつも高田田屋の人夫たちがそれぞれ武器を構える。矢には火を備え、火縄銃も大型のものがいつくも並んでいた。

 はるか上の甲板に見える人影。その人影も同様に銃を構えている。

 対馬守が敬忠の方を見やる。すっと、歩みを踏み出す敬忠。すでに覚悟は決まっていた。

「駿河小島藩......いや、日本の柳橋弾正敬忠と申す。こちらは蝦夷の商人、高田屋嘉兵衛殿の商船。貴殿の船に乗っておられると思われる日本人、『極喰無尽』の恵美押延にお話がある。搭乗を許可いただきたい!」

 普段はあまり聞かれぬ、敬忠の大声。少しの間の後、瞬が大きな声でそれをフランス語に翻訳する。

 しばしの沈黙。反応はないものの、それを逆に答えと感じる対馬守。手にしていた大筒の弾丸を外し、宙に空砲を放つ。

 激しい砲声。

 かねてからの打ち合わせどおりに、他の人夫たちも空砲を放つ。火矢は火を消す。

 少しの間の後に、フランス船の大砲も一斉に号砲を放つ。空砲。高田他の船は全くの無傷である。

「昔、幕府機密文書のオランダ風説書で呼んだことがある。お互い敵意のないことを示すために、空砲を撃ち合う『礼砲』という国際的な習慣があると。全く南蛮共が決めた決め事に我々が従わないといけないのは、面倒なことだ」

 大筒を放り投げ、対馬守がつぶやく。

 それに応ずるように、するすると縄梯子がフランス船より降りてくる。それを追いかけるように異国の言葉が響く。

『そちらの頭目とその副官二名のみの乗艦を許可する――』

 瞬が即座に翻訳する。

 腰に長い太刀をさす対馬守。瞬もじっと敬忠を見つめる。

 うなずく、敬忠。

「行ってらっしゃいませ、柳橋様。何があっても高田屋、お帰りをお待ちしております」

 深々と礼をする高田屋たちを尻目に縄梯子を登る三人。

 敬忠、瞬、対馬守――

 その梯子はまるで天まで登るように長く感じられるものであった。


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