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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第1章 江戸時代にラーメン屋をつくるためには

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令和からの邂逅

 何かの割れる音。そして怒号。

 忠敬は首をかしげる。店には客は自分くらいしかいない。少し考えた後に立ち上がり、厨房の方へと向かう。暗い店内。その奥には人影が二つ。大きな男性と小さな女性のもの―――なにか言い争いをしているようであった。男性の手には光るものが握られて―――

「このガキが!何様だ!」

 男性の激しい声。それに対して女性―――というかよくよく見ると先程積極に来た娘らしい。年に似合わず、男性の脅しに全く気圧されていないようだ。

「もう我慢できません―――こんないんちきな食べ物や酒をお客様に―――恥ずかしくないですか?料理人として」

 諭すような少女の言葉。それに更に油を注がれたのか、男性の手に持つ刃物―――包丁が小刻みに震える。

「ぶっ殺してやる!」

 いつの間にか間に入る忠敬。穏やかなことではない。看過し得ないできことである。突然現れた二本差しに驚く男性。どうやらこの蕎麦屋の主人らしい。

「昼間から刃物を振りますは、あまり感心せんな」

 右手で娘をかばうように立ちはだかる忠敬。主人はゆっくりと刃物を下ろす。

「お武家様には関係のないことで―――こいつは私とそのガキの」

「人の生き死にが目の前で起きては関係のないこととも言えまい。仔細はよくわからんが、まあ落ち着くことだ」

 忠敬の袖を掴み、舌を主人に出す娘。わなわなと主人は震える。

(......なにか、厄介なことに首を突っ込んでしまったかな......)


 てくてくと道を歩く忠敬。その後を先程の娘が追いかける。姿は料理屋の前掛けをつけたまま。何度か振り向くとそのたびに手をふる娘。首をゆっくりとふる忠敬。

(まいったな......)

 日本橋から自宅へ帰る道すがら、まるでなついた猫のように後をずっと娘に追われていた。

「蕎麦屋に帰らなくていいのか?」

 そう忠敬は問いかける。ゆっくりと首を振る娘。

「もう無理ですね、あんなに怒らせたんじゃ。元から仲が悪かったんですけどね。あの親父とは。住み込みで働いていたんですけど、とにかくハラスメントがひどくて―――セクハラ、パワハラ―――殺される前にでれて幸運です。お武家様のおかげです」

 そう言いながら忠敬のほうをじっと見つめる娘、年の頃は一〇代の半ばと言ったところであろうか。

「まあそういう折檻があるのならしょうがない気もするが―――」

「お武家様」

「ん?」

「お助けいただいておいてあれですが、もう一つお願いできないでしょうか?」

「......」

 頭を深々を下げる娘。

「お召のものから、身分のあるお武家様かと思われます。また味のよくわかる方かと。私を、雇ってはいただけないでしょうか?」

 突然の申し出、忠敬は戸惑う。

「それに、お武家様と同じ―――”令和の記憶”を持った人間が一人くらいそばにいても―――面白いのではありませんか?」

 令和―――寛政の世に聞き慣れぬ年号が飛び出す―――しかも見ず知らずの少女の口から―――

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