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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第六章 江戸湾炎上 

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江戸湾へ、そして――

 すでに船からは陸地が見える。常陸の細長い海岸線が目に入る。

 甲板には敬忠と瞬の姿があった。

 敬忠の手には先日フェドセーエフから渡されたメモが一枚。そこにはこまごまとした数字が並ぶ。

『これはフランス船がよく停留している場所を記したものだ。『江戸』の陸地側から見られず、かつ浅い波の穏やかなところというのはそんなに数のあるものではない。我々ヨーロッパ諸国は貴国の政府に無断で湾の測量をひそかに行っている。いずれ来るべき『時』に備えて。フランス船もそうだろうな。多分――極東の艦隊を率いているのはあの男だろうから。フランス本国では対仏大同盟を破るために、周辺諸国を相手に大戦争をあの軍人上がりのナポレオンなる下賤な皇帝が企てているらしい。もしイギリスにフランスが勝つことでもあれば、一気に東アジアにフランス勢力が伸長することだろう。オランダもフランスの前には風前の灯火のようだしな』

 ロシア船の船室。瞬の手にはスプリングフィールドM1795が握られていた。パルセラを食べさせてくれたことへの、感謝の気持ちらしい。

『私の言うのもあれだが――植民地になれば多分その国の古い文化は破壊される。貴国の食文化もフランスのそれに侵略されることだろう。『極喰無尽』とか言ったか、その連中がフランスとつるんでいるのもその辺りに意図があるのかもしれない。用心することだ』

 かたくななフェドセーエフの心を開いたパルセラというお菓子の力。敬忠は改めて『食』の持つ力に思いをはせる。考えてみれば今ここにいるのも、『ラーメン』に対する愛着がなければありえないことだったのかもしれない。『極喰無尽』なる組織と相対することも――

「もう少しで江戸湾に入ります」

 高田屋の声が後ろから聞こえる。

「陸地からは見えないように、うまく運行します。帳簿上は那珂湊で積み下ろしをしたあと、この船は石巻に向かっているはずですからね。あくまでも帳簿上ですが」

「高田屋どの」

 敬忠は振り返り、名を呼ぶ。

「誠に申し訳ないと思っている。フランス船を見つけ次第、小舟を出していただければあとは――」

 静かに首を振る高田屋。

「お武家様にも守るべき倫があるように、商人にも守らなければいけないものがあります。『約束』です。私は柳橋様をフランス船まで見送る義務があります。また、状況によっては――」

 甲板を見つめる高田屋。その下には武具類が満載されていた。

 静かにうなずく敬忠。

 いろいろな人を巻き込んでしまったことに、後悔の念は尽きない。

 出立する前に、すべての財産を処分し、その一部を高田屋に託していた。しかしその程度では到底償える所業とも思えない。

 そして対馬守――勘定奉行などという大役にある彼をこれ以上付き合わせるわけにもいかない。

 なにより、瞬――彼女の才覚によりここまでたどり着いた敬忠であったが、それもそろそろ限界であろう。

 心の中で、一つの区切りをつけようとしていた敬忠であった――

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