赤いデザート
船内の調理場へと向かう瞬。小脇に風呂敷の包みを抱えて。
彼女の持つ特技は料理――ロシア人と会うという話が出てから、瞬はその材料を用意していた。
新鮮な魚、野菜、果実。それらを用意し、風呂敷に包む。無論、大量には持っていけない。なるべく汎用性の高い素材をよりすぐって、持ち込んだ。
特に調味料。バターは不可欠と思い、自家製で製造した。それほど難しいものではない。寒い戸外に搾りたての牛の乳を一晩置く。そうすると寒さでクリーム分が分離し、それを口が広めの壺に入れ、何度も上下に撹拌する――白い固体が浮かび上がる。それが手製のバターであった。
フェドセーエフの話を聞いて、何を作るか決定した瞬。足りないものは達者なロシア語で厨房係の若い男性に申し出た。
一刻半ほどの時間がすぎる。厨房係とともにキャスターを運びながら、船室に瞬が入ってくる。
すでに三回目のパイプが吹かし終わったとこであった。
「ほう、お返しとは料理か。確かにこのところ、しゃれたものは食べていない。せっかくだからごちそうになろう」
フェドセーエフの机の上に皿が並べられる。質素ではあるがフルコース。前菜、スープ。そして魚料理と進む。
「今回は魚料理がメインでぃしゅです」
瞬の紹介。器用にナイフとフォークを使って、魚のムニエルを平らげる。口を拭くフェドセーエフ。
「魚はソイです。ちょうど厨房係の方が朝、釣り上げたものをムニエルで焼き上げました」
ソイ。北海道を代表する白身であるが、足が速い。火をなるべく弱めにして、レアな感じで味わえるように工夫していた。
「エカチェリーナ様は、哲学のみならず料理もフランス好みでな。宮廷ではよく食べた。船の上にいるとこういうバターの味も懐かしい。いやはや、結構なものだな」
結構悦に入っているフェドセーエフ。敬忠はほっと胸をなでおろす。
「しかし......この程度で私が感激すると思われてはいささか、単純だな。所詮は料理。私がこれで何か話をするかとでも思っているのかね」
「どうぞ」
フェドセーエフの挑発をさらりと流して、瞬はデザートの皿を机の上に置く。
赤く四角い塊。ケーキ、というには表面が固く見える。
「硬いので――手づかみでどうぞ」
おおよそ、マナーに反した瞬の申し出。無言でフェドセーエフはその塊を口の中に放り込む。
ゆっくりと咀嚼する音。最終的にごくんという飲み込む音がする。
静かな時間が過ぎる――フェドセーエフは右手を構えたまま、じっとうずくまる。
そして――右の眼からそっと滴る――それは涙であった。




