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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第六章 江戸湾炎上 

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赤いデザート

 船内の調理場へと向かう瞬。小脇に風呂敷の包みを抱えて。

 彼女の持つ特技は料理――ロシア人と会うという話が出てから、瞬はその材料を用意していた。

 新鮮な魚、野菜、果実。それらを用意し、風呂敷に包む。無論、大量には持っていけない。なるべく汎用性の高い素材をよりすぐって、持ち込んだ。

 特に調味料。バターは不可欠と思い、自家製で製造した。それほど難しいものではない。寒い戸外に搾りたての牛の乳を一晩置く。そうすると寒さでクリーム分が分離し、それを口が広めの壺に入れ、何度も上下に撹拌する――白い固体が浮かび上がる。それが手製のバターであった。

 フェドセーエフの話を聞いて、何を作るか決定した瞬。足りないものは達者なロシア語で厨房係の若い男性に申し出た。

 一刻半ほどの時間がすぎる。厨房係とともにキャスターを運びながら、船室に瞬が入ってくる。

 すでに三回目のパイプが吹かし終わったとこであった。

「ほう、お返しとは料理か。確かにこのところ、しゃれたものは食べていない。せっかくだからごちそうになろう」

 フェドセーエフの机の上に皿が並べられる。質素ではあるがフルコース。前菜、スープ。そして魚料理と進む。

「今回は魚料理がメインでぃしゅです」

 瞬の紹介。器用にナイフとフォークを使って、魚のムニエルを平らげる。口を拭くフェドセーエフ。

「魚はソイです。ちょうど厨房係の方が朝、釣り上げたものをムニエルで焼き上げました」

 ソイ。北海道を代表する白身であるが、足が速い。火をなるべく弱めにして、レアな感じで味わえるように工夫していた。

「エカチェリーナ様は、哲学のみならず料理もフランス好みでな。宮廷ではよく食べた。船の上にいるとこういうバターの味も懐かしい。いやはや、結構なものだな」

 結構悦に入っているフェドセーエフ。敬忠はほっと胸をなでおろす。

「しかし......この程度で私が感激すると思われてはいささか、単純だな。所詮は料理。私がこれで何か話をするかとでも思っているのかね」

「どうぞ」

 フェドセーエフの挑発をさらりと流して、瞬はデザートの皿を机の上に置く。

 赤く四角い塊。ケーキ、というには表面が固く見える。

「硬いので――手づかみでどうぞ」

 おおよそ、マナーに反した瞬の申し出。無言でフェドセーエフはその塊を口の中に放り込む。

 ゆっくりと咀嚼する音。最終的にごくんという飲み込む音がする。

 静かな時間が過ぎる――フェドセーエフは右手を構えたまま、じっとうずくまる。

 そして――右の眼からそっと滴る――それは涙であった。

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