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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第六章 江戸湾炎上 

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船の上のサロン

 二人の会話が船室を支配する。敬忠はあえて口を挟まない。瞬を信じて今は待つだけである。

『本国でもまともに言葉が通じない連中もいるのに、日本人ヤポンスキでそこまで流暢なのも不気味だな。いささか、変わっている発音であるが』

『言葉に失礼があれば申し訳ありません』

 最初は挨拶程度の会話がなされる。そして話は本題に――

『『極喰無尽』......フランスの船舶にアジトを構えると......』

 話の突拍子のなさに最初は苦笑を漏らしていたフェドセーエフ提督であったが、瞬のフランス船の具体的な描写を聞くにつけ、顔色が変わる。

『なるほど。それは間違いない。フランス共和国の船舶だ』

 すっと立ち上がるフェドセーエフ提督。壁にかけられた地図を示す。

『現在、フランス共和国は戦争状態にある。ナポレオンという軍人上がりの僭主が他国に戦乱を振りまいているからだ。わがロシア帝国は対仏大同盟をイギリスなどど結成し、革命などという世迷い言を封じ込めるのに必死なのだ。一方、そんな状態にありながらフランスは東洋への領土拡大を目指している』

 インドネシアと中国の海沿いに丸をつける。

『ジャワにはオランダ、香港にはイギリス。もしナポレオンがヨーロッパでこの二カ国をねじ伏せた暁には東アジアはフランスの植民地となるだろう。その先遣隊とも言うべき小艦隊がこの国に最近出没している』

 うなずく瞬。高校時代の世界史の授業を思いだす。就職後も、そのあたりのことはよく本で読んでいた。民間軍事会社(PMC)が赴くのは、地政学的に不安定な地域が多い。その原因はすべて世界史の中に記されていたからである。

『まあ、私が貴殿らに提供できるのはこの程度だ。ガスパヂーン・タカダヤには色々お世話になっているが――このくらいの情報提供が相場だろう。さあ、帰り給え』

 自ら口を閉ざすフェドセーエフ提督。取り付くしまもない感じであった。

 少しの沈黙の後、瞬は口を開く。

『もう一つお聞きしたいことがあります』

 フン、と斜に構えるフェドセーエフ提督。

『あなたのことを教えていただけないでしょうか』

 意外な一言。姿勢を崩さぬまま、フェドセーエフ提督は声を発する。

『何の意味があってのことだ。私の存在を貴殿のバクフにでも通報したいのか』

『この国では許可なく、異人とコミュケーションをとることは重罪になります。私が知りたいのは「興味本位」――それでは説明としては弱すぎますか?』

 瞬の賭け――先程から話を聞くにフェドセーエフ提督はかなりの知性の持ち主らしい。はっきりとはしないが階級章も先程、甲板で見た士官とは比べ物にならない豪華さである。

 身分が高く、知性もある人物――がなぜこのような辺境の地でくすぶっているのか。もしかしたらそこに何か突破点があるかもしれないと思った瞬んである。

 両手を組み、何やら考えていたフェドセーエフ提督が口を開く。

『よろしい。貴殿は若いながら広い見識の持ち主のようだ。私自身、こういうサロン的な会話に飢えていたこともある。聞いていただこう』

 フェドセーエフ提督が語り始める。それは彼自身の物語を――

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