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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第六章 江戸湾炎上 

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北の国の軍人

「出港の前にあっていただきたい方がございます」

 高田屋が準備をすすめる敬忠に対してそう述べる。

「その方とお話することは、あなた様のこれからなさることに大きな力を与えてくださることでしょう。ただし、ご覚悟いただかなければいけないこともありますが」

 もとより覚悟をきめていた敬忠である。高田屋の提案にただうなずくだけであった。

 霧の深い朝方。こっそりと小舟が函館の港を出る。その船には敬忠と対馬守、そして瞬。高田屋と船の船頭、そしてアイヌらしき男性が乗り込んでいた。

 ゆっくりと沿岸沿いに船を進める一行。何刻たった頃合いだろうか、高田屋は懐から西洋式の懐中時計を取り出し、じっと見つめる。そして霧であまり見えない陽の方角も。

「ここでよい。外にすすみなさい」

 そう船頭に告げる高田屋。小舟は方向を変え、沖の方へと漕ぎ始める。

 波は少し荒くなり、小舟は揺れを増す。

「止めなさい」

 その合図で船は止まる。すっ、と提灯を取り出す高田屋。中につけられた灯が霧の中で反射する。その提灯を高田屋は機械的にぐるぐると回す。何かの合図らしい。その明かりはまるで空を舞う蛍のようにも感じられた。

 しばしの沈黙。

 そして、目の前の霧がゆっくりと開けていく。

 その合間から――巨大なものが顔を出す。とんがった屋根の先のような――

「ほう、船か。南蛮船だな」

 対馬守が額に手をやり目を凝らしながらそうつぶやく。舳先には帆が幾重にも張られ、その下にはなにやら見たことのない動物の銅像がつけられている。

「横につけなさい」

 高田屋の命令にしたがって、船頭は小舟を南蛮船の横につける。

 まるで絶壁のような船の横。その壁を高田屋は叩く。そのリズムにはなにか法則性があるようだった。

「......!!」

 敬忠を引き寄せ身がまえる瞬。上から何かが落ちてきたのだ。

「ご安心を。縄梯子です。手数ですがお登りいただけますか。与平。いつもどおり、このことは他言無用だよ――」

 船頭はへい、といいながら下の方を向く。

 ゆっくりと足をかけ、縄梯子をよじ登る五人。一番年長の高田屋が造作もなく、先頭を登っていく。

 船の甲板に着く五人。あたりを見回すと、霧がゆっくりと晴れていくのを感じた。

 人の気配。それも――武器を持った人の。

「高田屋嘉兵衛でございます。以前のお手紙で申しましたとおり、お願いの儀がありまして参上いたしました」

 そう言うと深々と礼をする高田屋。

 それまで向けられていた殺気が消える。

 甲板に居並ぶ水夫たち。日本人ではない。明らかに南蛮の者たちである。その人の合間をぬい、立派な軍服の男性がこつこつと歩み寄ってくる。

 腰にはサーベルをつけ、胸にはいくつもの勲章が輝く。手にしたパイプからゆっくりと煙がたなびいていた。

「お久しぶりでございます、クプリヤーノヴィチ=フェドセーエフ提督」

 再び深々と礼をする高田屋。提督と呼ばれた男性はパイプを手にしたまま、じっと敬忠たちを見つめる。

 パイプから伸びる煙が霧と混ざり、また辺りを覆い隠すように――

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