江戸湾炎上
親潮にのって、南下する一隻の船。千石船というのだろうか。その威容は堂々たるものである。
船には『高田屋』の屋号を記した旗がはためき、『御用荷物』の標識も見える。
その船先にあって、腕を組み目を閉じている偉丈夫が高田屋嘉兵衛――一代にして富をなし、蝦夷地から上方、江戸の流通を一手に握っている人物である。
表向きは江戸への蝦夷地特産物や中途で積み込む米の輸送であった。しかし、実のところは違っていた。敬忠の一世一代の説得により、『極喰無尽』討伐への協力を約束した高田屋。一つにはこの国の文化の行末への懸念もあったが、なにより『極喰無尽』が江戸の物価を混乱させているのも事実である。商人としては許すことのできない悪行であった。
石巻で別の船団に乗せうる限りの米を積載し、江戸に輸送する。それだけでも米価の引き下げには役立つはずだ。そのあたりの手はずは対馬守が奉行所のものにうまく伝えてくれる予定であった。
一方、この高田屋本人が乗り込む本船は少し違っていた。表面的には蝦夷地の特産物が満載されていたが、その板一枚下には――武器が満載されていた。
「『極喰無尽』とやらが、フランスの手先であるのなら間違いなく武装しておりましょう。万事この高田屋におまかせを」
十年ほど前に、蝦夷地東部で起きた反乱の後箱館奉行所が設置された。当然、再びあるを予想して奉行所には少なくない武器が保管されている。しかしその量は、新設の奉行所の蔵にはあまりあるもので、内密ながら高田屋の蔵にもその武器が秘蔵されていた。
箱館奉行もみてみぬふりをしてくれたらしい。対馬守の影響力もあるのか。いずれにせよ、高田屋の号令のもと忠実に働く人夫たちを手勢として、当時としては十分すぎる海上兵力を敬忠は手に入れたことになる。
船室で目を閉じ、考え事をする敬忠。
駒は揃った。
しかし――まだ、踏ん切りのつかないことは多かった。
このまま、『極喰無尽』と一戦構えるのは良い。むしろ望むところである。
しかし、その結果高田屋や対馬守を巻き込むことになってしまう。公儀に事の顛末がしれれば、ただでは済まされないだろうことは明らかだった。そして、瞬も――
「何をお考えですか、敬忠さま」
びくっと敬忠は反応する。瞬いつの間にか船室に入っていた。男装し手には銃を構えて。
「いただきました銃、なかなかですね。さすがはアメリカの最新鋭のマスケット銃です。流石に長距離狙撃は難しそうですが、近接戦闘でしたらものの役には立ちそうです」
銃口から煙がたなびく。先程まで試射をしていたらしい。
スプリングフィールドM1795。世界で最初の標準マスケット銃である。先日出会った、ある人物から贈呈されたものであった。
ある人物――その出会いは函館を出港する数週間前に遡る――




