ロシアとフランスと
「『極喰無尽』はこの時代にはありえない食材、調理法で商人や高級武士たち相手に会食を開きそれを普及させようとしています。いうなれば、この時代の文化の破壊。ここまま行けば江戸という時代の文化がおかしな方向に向くかもしれません」
敬忠の説明。無言で高田屋はその説明を吸い込むように目を閉じて、受け止める。
「しかし」
煙管をおきながら、高田屋は合いの手を打つ。
「その行為が果たして、柳橋様のかつておられた世界にどれほどの悪影響があるのか――私にはとても想像がつきません。あわせて、私に助力と言われても――謙遜するわけではありませんが、一商人に何ができると――」
「それは」
敬忠はそれまで末席に控えていた瞬の方を向く。座ったまますすっと、男装の瞬が高田屋の前に進み出る。
「私の養女です。また私と同じく『令和』の記憶を持つものです。彼女は『極喰無尽』に誘拐され、その監禁場所は海に浮かぶ船の上であり、戦争にあった荷物には『フランス』の言葉が記されていました」
『フランス』という言葉に反応する高田屋。この当時の日本においてこの国名を知っている人間は何人いただろうか。
「今、蝦夷地にはロシアの艦船が多く来航していると聞きます。松前藩を転封し、この地に箱館奉行をおいたのもその結果でしょう。当然、この地に深く根を下ろしているあなたは何かしらの――つてを持っておられると思います。『ロシア』に対して」
「......」
「ロシアの方にフランスの状況をお聞きしたい、そして高田屋殿には大型船をお借りしたい。無論、幕府の法に反することは明白です。でもしなければならない。私が――この災いの蓋を開けてしまった以上――」
この時代、外国人との許可のない接触が法に反することは明白である。それをあえて敬忠は犯そうとしていた。静かな時間が流れる。最初に口を開いたのは高田屋であった。
「そこまでのご覚悟がお有りとならば。私も高田屋嘉兵衛、色々打ち明けましょう。ロシア船はたしかに多く来航しております。択捉、国後......商船もいれば軍艦もいる。何度もロシア人にあったことはあります。お互いアイヌを仲立ちとして話もしました。そして、この蝦夷地が今置かれている状況も――」
幕府の勘定奉行たる対馬守が目の前にいるにも関わらず、とうとうと高田屋は語り始める。ことが明るみになれば、死罪にすら値する行為を。
「このような状況で、数百年前の御法令をかえりみても詮無きこと。今はただ、この蝦夷地の安寧を図るために彼らと共存する必要性があると感じております」
すっ、っと立ち上がる高田屋。障子にそっと手を伸ばす。
「敬忠様はフランスのことを聞きたいとおっしゃった。それが江戸の民衆を救うことになると。よろしいでしょう。私が知っているだけのことをお教えします。ただし――船を用立てる件、それについては了承しかねます」
高田屋が向き直り、そう告げる。どこまでも重々しい言葉。敬忠は両の手の拳をギュッと握りしめる。汗の感覚がいやに、強く感じられた――




