高田屋との交渉
茶から湯気が立つ。お互いの自己紹介をすませたのちに、しばしの沈黙が流れる。
将棋や囲碁でいうところの、お互いの出方を待っている状態なのであろう。高田屋は得体のしれない幕府の高官の思惑を、敬忠たちは高田屋の協力の可否を。
最初に口を開いたのは対馬守であった。
「高田屋殿は現状の蝦夷地の状況をどう思われる」
非常に思い切った一手であった。施政者たる武士が商人に政治の話題を求めるのは、幕末に入ってからのことである。文化の世、今はまだタブー視されている時代であった。
「私は一介の商人です。そのようなことには興味は――」
「そうかな」
にやっと、対馬守が笑みを漏らす。
「この函館を支配しているのは遠国、函館奉行、つまり羽田飛騨守であろうがそうであろうか」
対馬守はそう言いながら、末席に控えている奉行所の与力にめくばせをする。すっと視線を与力は外す。
「蝦夷地はなかなかに統治の難しいところと聞き及んでおります。近年もアイヌの反乱があったとか。またおろしあ――ロシアの船も見受けられるとか。それらの問題の去就はあなたの肩にかかっていると思うのだが、いかがであろうか」
対馬守の挑発的な物言い。しかし高田屋は動じる様子もなく、答えを返す。
「恐れ多いことで。名字帯刀を許されたとはいえ、そのようなご公儀のことに触れるほど傲慢でもございませぬ。何か疑惑があるのであれば、函館奉行所でも江戸でも参りましょう。この高田屋嘉兵衛逃げも隠れも致しませぬ」
怒気、というにはすこし違っているように感じた。きちんとした上品ななりの高田屋であったが、その下の肉体は鋼のごとく何者にも屈しない、強固な意志を感じさせた。
対馬守はさらに何かを言おうとしたが――それを敬忠がさえぎる。
「高田屋殿。少しお話を聞いていただきたい」
「なんなりと」
末席に控えていた与力を下がらせ、敬忠はゆっくりと語りはじめる。自分の生まれ、今までの人生、そして『令和』の記憶――。当然初めて聞く人にはとんでもない話であるが、じっと高田屋は耳を傾ける。
「面妖な話ですが、なぜそんな話を私に――」
「真実を伝えたいからです」
敬忠はそう答える。
「江戸の民はいま困った状況におかれています。『極喰無尽』という輩の工作により、諸色は値上がりしこのままでは飢えて死ぬ民もおるでしょう。そうなる前に『極喰無尽』を刺激した責任を取るためにも、何とかしたい。そのために助力をお願いしたいのです!」
敬忠はいつにない激しい語気でそう結ぶ。
「失礼しますよ」
煙草盆を取り出し、煙管に火をつける。目上の客を前にしているには珍しく、高田屋は煙草をくゆらせる。どのくらい時間がたったであろうか、高田屋が口を開く。
「話をお聞きしましょう」
その眼光はどこまでも鋭く、強いものであった――




