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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第五章 海原の遥か、時の彼方

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函館の会見

 函館は東蝦夷地の要衝である。かつてこの地は松前藩の治めるところであった。しかし、ロシアの南下に伴う圧力への備えのため天領とされていたのである。哀れ藩主松前若狭守章広は武蔵国埼玉郡五千石に転封され、この地には遠国奉行として松前奉行が幕府の直轄として置かれていた。

 先住民のアイヌとの関係、そしてロシアの外圧。地政学的にもなかなかに難しいこの地の鍵を握っていたのが、商人である高田屋嘉兵衛であった。アイヌとの共存、そしてこの辺境の地への生活物資の供給など彼が果たしていた役割は尋常ではないものがあった。

 対馬守はまず、函館の奉行所を訪ねる。遠国奉行たる函館奉行は老中直轄の職制であり、この当時は羽田飛騨守義嗣という初老の人物であった。突然の勘定奉行の来訪に驚く飛騨守であったが、老中の公文書を対馬守より拝見するに至り状況を察する。

「なれば、まずは高田屋殿にお会いされることが肝要でしょう。私の方から使者を送ります。そのうえで場所を設けましょう」

 高田屋への並みならぬ配慮に対馬守や同席にいあわせた敬忠は逆に安堵する。ここまで一目置かれているほどの人物であれば、むしろ頼りがいもあるものだ、と。

 あくる日、高田屋の店に赴く一行。奉行所の与力と対馬守、敬忠そして男装している瞬である。港から距離が離れているとはいえ、そこは高田の本店である。人夫たちがひっきりなしに荷物を蔵へと運び来む。乾燥した空気が、路地の砂を巻き上げまるで湯気のように揺らいで見えた。

「高田屋殿!」

 与力が大きな声で人夫の一人に呼びかける。

 年のころは三十くらいだろうか。体躯の良い、上半身を裸にしている壮年が反応する。

 対馬守を見やると深々と礼をして、そばにいた羽織の番頭に何やら告げ去っていく。

「失礼いたしました。奉行様のお話ですと、もう少し遅い起こしと聞いていましたので。さ、さ、こちらへどうぞ」

 丁寧な番頭の誘導で店の奥へと誘導される四名。上座に席が設けられる。

 上質な茶。関西の産のようである。部屋の立て付けは質素ではあるが、隅々まで掃除が行き届いている感じであった。

 少しの後、すっと障子が開く。その先に平伏する大きな体の男。

「お越しいただきましたのに、誠に失礼いたしました。初にお目にかかります。高田屋嘉兵衛と申します」

 すっと面を上げる。

 敬忠はその風体に見入る。

 蔦屋も偉丈夫ではあるが、やはり江戸の人間である。どちらかというと柔和な感じ強い。

 しかし、目の前の高田屋は違っていた。船乗りとして常に命の危険のある世界に身を置き、いまはこの蝦夷地を一手で動かすほどの剛腕の持ち主である。武士でもここまでの威厳を持った人物はそうはいまい。

「何か仔細がある旨、奉行様よりお聞きしております。私にできうることであればなんなりとお申し付けください」

 一見へりくだった態度ではあるが、その目はじっと遠くを見ているようにも思えた。

(面白い......!)

 対馬守が心の中で、思わず叫ぶ。幕閣にもこれほどの人物はそうはいないだろう。戦国の世であれば、斎藤道三よろしく一国の主にもなりえていたかもしれない。

 高田屋との会談。それに今後の行方が託されることとなった――

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