北への航路
一行は石巻の港へと入る。
伊達藩の城下町仙台からは十里ほど離れた、港町であるがその繁栄は予想以上のものであった。北上川をのぼり、桟橋に船を止めると作業人らしき人夫たちが上半身裸で積み荷を船に運んでいく。すべて米俵であり、これが江戸の民衆の胃袋を満たすのであった。
乗り換えのために一旦船を降りる三人。対馬守のよく知る商人の家を訪ねる。下にも置かないようなもてなしを受け、茶をいただく。新たな乗り換えの船も用立ててもらい、函館までの旅路のめどをつけることができた。
「これが本場の仙台味噌ですか。かなり濃い味ですね。味噌味の『龍麺』にはこちらの味噌の方が合いそうですね」
味噌汁の椀を手に持ちながら、瞬がそうもらす。旅路ということもあり、羽織袴の男装にその身を包んでいた。
その夜は商人の家に一泊したのち、朝早く函館を目指す船に便乗する一行であった。
「海はいいな」
煙管を舳先の外に構えて一服する対馬守。船は少し揺られながらも、北へと進んでいく。すでに黒潮から親潮の境目を船は乗り越えていた。沿岸が見えるくらいの距離をつかず離れず進んでいく。
「対馬守様は、海賊にでもなりたかったくちでは」
敬忠が珍しく冗談を言う。
「おうさ。豊臣太閤の時代だったら水軍でも率いて、各地を暴れまわっていたかもしれん。それから考えるとなんとなく、『極喰無尽』とやらが蠢動する理由もわからんでもない。このように閉塞した時代、事の善悪はともかく、大きく変えてみたくなるのは道理といえば道理」
かつんと煙管の先を舳先に叩きこむ。
「しかし、それで弱きものが犠牲になるのでは本末転倒だな。酒でも飲もう。寒くなってきた」
そういいながら船倉に対馬守は敬忠を誘う。
船倉のわきの小さな厨房では、瞬が何やら料理を作っていた。
武士にそのようなことをさせるのは、と言っていた船乗りたちも瞬の凝ったそしてうまい料理を一度食べると、むしろ懇願するようになっていた。最初は不審なものを見るようだった船乗りたちも、瞬の料理や対馬守、敬忠の人格に信頼を寄せるようになってきていた。
「函館までもう少しです」
年配の船頭が対馬守にそう告げる。すでに本州を離れ、はるか彼方に蝦夷地の陸地がぼんやりと見え始めていた。
「港に着いたら......会うことになりますね」
敬忠がそう無言の対馬守に問う。ただ、対馬守はこくんと頷いた。
函館を根拠地として、西回り廻船を一手に担う大商人。幕府からは先ごろ、『蝦夷地定雇船頭』の役職を仰せつかり、名字帯刀も許されていた人物である。
その名は、高田屋嘉兵衛。幕府の蝦夷地探検家である近藤重蔵の命を受け、択捉への航路を開拓した実績も持つ。のちには一商人として幕府とロシアの外交問題――ゴローニン事件にもかかわりのあった人物である。
そのような人物を対馬守は見知っており、『極喰無尽』の壊滅に対しての助力を求めようとしたのである。
船はゆっくりと函館の港に入っていく。
季節は冬の終わり、とはいえまだまだこの蝦夷地では震えるほどの寒さの続く日のことであった――




