黒潮を友として
青黒色の海を進む、帆をかけた大きな船。利根川から内川を進み、今銚子の港を出港したところであった。いわゆる廻船――それも東回りの海運である。奥羽の米などを荷揚げし、江戸からまた帰路に就くところであった。『極喰無尽』の影響もあり、喉から手が出るくらいに江戸の民衆が欲しがる米を荷揚げして、帰りはほぼ空の船倉をさらして海原を進んでいた。
その船倉に、武家らしき三人の姿があった。普段は旅客乗せることはない船である。
「瞬殿、大丈夫か」
敬忠が瞬を気遣ってそう問う。男装した瞬は、はいと頷いた。
千石船、というには少し小さめであるがそれでも小舟とは違い安定感がある。しかしここからは黒潮に乗り外洋を行くこととなる。揺れも多分ひどくなるであろうことは、想像に難くなかった。
「船、をか」
対馬守が興味深そうに、敬忠に答える。
敬忠の申し出は一つ。『極喰無尽』が洋上に本陣を張っているのであれば、それに対抗しうる船をもって襲撃することはできないかという策であった。
「俺よりも過激な考え方だな。悪くはないが」
顎に手をやり、考え込む対馬守。
勘定奉行、そして旗本五千石という大身の身にも関わらず、船の算段についてはいささかなy浜しいものがあった。
寛永十五年の大船建造禁止令によって大型船を保有することが禁じられた。これは、外様などに江戸湾を襲われることへの備えであるが、いっぽうで幕府自身が『海軍』力を持つ必要がないことも決定的な事実として認められたのである。
この五十年後、黒船が来航するに至って大混乱する幕府であったが、この段階ではその危険性を認識している人物は少ない。
対馬守は一つの方策を思いつく。
軍船は認められていなかったが、商船は千石船をはじめとして大型の船は枚挙にいとまがない。
その船を『極喰無尽』の退治のために貸してくれそうな商人の心当たりが対馬守にはあった。遥か北の果て、函館の地に。
「だからといって、勘定奉行自ら来られなくても......」
敬忠が申し訳なさそうに、そうもらす。
「こんな面白そうな話に、ついていかないわけにはいかねぇだろうが」
「ご職務は......」
「まあ、何とかなるだろ。というか内々にご老中からの許可もいただいた。最近何かと物騒な蝦夷地を勘定奉行自ら目の当たりにするという、大事な任務を」
言葉を区切って、対馬守はつづける。
「この船は、おれの心やすい商人の持ち物さ。そいつですら、『極喰無尽』との戦いには二の足を踏む。当然だわな。だから、蝦夷地まで行って頼りになる奴にお願いせんといかん」
風をきって、船は海原を進む。どうやら黒潮に乗ったらしく、速度がどんどん上がっていく。
「林子平なる学者を恭之信はしっておるか?」
初めて聞く名前。敬忠は横に首を振る。
「白河公が発禁にされた書の作者でな。その書をこっそり読んだことがある。至極もっともだ。『日本橋から南蛮まですべて一つの海路なり』と。『極喰無尽』が船に本拠地を設けているのも、もしかしたらそのへんなのかもしれんな。あの不可思議な料理の元が、南蛮にあるとすれば――」
船はいまだ止まることを知らない。北へ――蝦夷地を目指して――




