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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第五章 海原の遥か、時の彼方

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江戸の混乱

 江戸が揺れる。

 ここ数日、町の喧騒は尋常ではなかった。

 日本橋から、築地まで人々が血相を変えて何やらわめきちらす。

『この値段はなんだ!べらぼうにもほどがあるじゃねえか!』

『米一升で二百文?!一か月前の二倍じゃないの!ふざけるのもいい加減にして!』

『こんなに薪の値段があがっちゃ、湯なんかわかせるかい!湯屋はしばらくきゅうぎょうさせてもらわぁな』

 幕末の世ではあれば打ちこわしなども起きたかもしれない。まだ幕府の威光が残っている文化の世である。それでも奉行所の役人たちが総出で、江戸の民の暴発を抑えようとしていた。一触即発、その言葉が全くもってぴったりと合う、江戸の喧騒であった。

「全く、言葉もありませんや」

 佐之丞がそう吐き捨てる。いつもは気風のいい彼がいやに、元気がない。青菜に塩、というよりは満身創痍といった感じだ。無理もない、彼の役目は諸色の統制。これほどまでに江戸の物価が急上昇しては。

「正直、何が原因なのかもわかりません。とにかく数週間前から、江戸への流通がからきしなしのつぶてで。津止でもやっているのかと思いきや、港に入る船自体が少ない。江戸周辺の農村にも食べ物がない。ないないづくしで、神隠しにでもあったような不思議さで」

 目の下が黒い。敬忠が食事をすすめても、箸が手につかないようだった。瞬が佐之丞を心配して、粥を煮る。

 ただ事ではないな、と敬忠は手を組みながら考える。その頭の中に浮かぶのは当然――『極喰無尽』の四文字。

 この江戸の物不足、物価高騰は間違いなく『極喰無尽』が絡んでいる。

 大きな混乱の中、なにか企んでいるに違いないのだ。恵美押延らがその姿を消す前に仕掛けた『時限爆弾』とでもいうべきだろうか。

 敬忠は再び、対馬守の邸宅を訪れる。

「おうよ。大変なことだな、恭之信」

 普段は物事に動じない対馬守も、すこし難しい顔をしていた。それもそうだろう。勘定奉行としてこの経済危機に対して何か対策を講じる必要があっただろうから。

「この混乱、『極喰無尽』かと思われます」

 敬忠の言葉にうなずく対馬守。ほかの何がこのような悪事を働けるものか。

「して、どうする――弾正殿」

 さっと、畳の上に敬忠は紙を広げる。

 手書きではあるが、関八州の地図がそこに描かれていた。

「今回の物不足、物価高騰。自分なりに分析してみました」

 その地図には様々な物品の移動が記されていた。

「いろいろなものがある一点で消えてしまっている特徴があります。その一点は大体海に面した場所で――」

 地図を指さす敬忠。

「とすると、『極喰無尽』は海からこの物流を阻害していると」

「はい、船を使っての妨害活動でしょう。輸送人も一味かそれとも消されたか――そうすれば証拠はのこりますまい」

 ううむ、と対馬守は唸る。

 敬忠はある提案をする。この提案が敬忠をはるか遠い海原の彼方へといざなうことになる――

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