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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第4章 捜索の果てに

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敬忠の陳情

 あれから十年余、目の前の対馬守はたいして印象に違いはない。違うのは勘定奉行という要職を二十代そこらで務めているということである。

 一見、野放図に見える対馬守だが文武の冴えは他の追随を許さない。昌平黌の官学師範たちも対馬守の言動に文句はつけつつも、その学力は認めていた。百獣屋で自慢していたことも、決してうぬぼれではなかったのだ。

 しかし、相変わらずの態度にあまり上役の受けはよくないらしい。一度、意地悪をしてきた上役を奉行所の庭に放り投げたという噂もある。しかし、公方様の覚えめでたく処分を受けることはなかった。一説では時の公方つまり、第十一代将軍徳川家斉公のご落胤ではないかという噂もあったほどであった。

 敬忠は知っていた。そんな後ろ盾がなくても対馬守は自分の生き方を貫くであろうことを。

「で、今日の趣は?雪見酒でもしに行きたくなったか、恭之信?」

 対馬守がそう声を震わす。

「一大事でございます。江戸の、そしてご公儀の」

 ふうん、と相槌を打つ対馬守。じっと敬忠の目を見つめる。

「しばし待たれよ」

 すっと立ち上がり、奥へと消えていく対馬守。不動の態勢で敬忠はじっと奥の間に正座していた。

 半刻も立たずに、ふすまが開く。小姓を伴い、裃姿の対馬守。月代も立派なものである。

「先ほどは失礼いたした。柳橋弾正殿。公儀に関わる危急の相談とのこと、じっくりとお聞かせいただければ幸いである」

 先ほどとは位置を変え、同列の座から恭しく礼をする対馬守。敬忠もそれにこたえ礼をしたのち、話を始める。

 『極喰無尽』の話。江戸じゅうに美食をふるまうのはよいのだが、それには何かしらの裏があること。瞬が誘拐され、その先で見た武器のこと。佐之丞が突き止めた『火薬』の原料として床の下の土が江戸外に運び出されていること。さらには蔦屋が『新型』の火縄銃で襲撃されたこと――

 それらの報告を目をつぶりながら、じっと聞く対馬守。両手を組み、難しい顔で。

「なるほど――仔細は承知した。きわめて憂うべき状況ということも」

 扇子を取り出し、それに両手の掌を預ける。

「して?私は何をすればよいのかな。弾正殿」

 敬忠は本題を切り出す。

 現在『極喰無尽』は町奉行の手に余る規模で陰謀をめぐらし始めている。その行動範囲は江戸にとどまらず、関八州まで広がっている可能性が大きい。なればこそ――

「まだできても間もないが、関東取締出役にその『極喰無尽』の捜査を願いたいということであるな」

 対馬守の言葉に、敬忠はうなずく。

 関東取締出役、それに従事する役人を俗に八州廻りとも呼ぶ。勘定奉行の配下において、最近できたばかりの組織であった。

 にやっと笑みを浮かべる対馬守。

 『極喰無尽』への新たな捜査がここに始まろうとしていた。

 

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