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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第4章 捜索の果てに

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二人の交流

 鍋から白い煙が上がる。今までに嗅いだことのない、食べ物のにおい。箸を持ちながら敬忠は少しひるむ。それを見て、源次郎――つまりのちの対馬守はにやっと表情を崩す。

「初めてか?薬食いは」

 鍋の中に煮込まれた獣肉。猪だろうか、鹿だろうか。臭み消しに様々な薬味が使われているが、それでも独特の風味は否定できない。

 そっと箸を差し出し、一切れつまむ。そのまま口の中に放り込む敬忠。魚とは違う肉の味。悪くない。独特の風味はあるが、なにか懐かしい味のような気がした。

「うまいです......!」

 そんな敬忠を見ながら、源次郎はにこにこしながら酒を傾けていた。

 ここは麹町の百獣屋。江戸には獣肉食の文化はなかったとはいえ、農民が郊外で捕獲された肉を料理としてふるまう、ふるまう店がいくつか存在した。この店もその一つである。

 食べ物としては『下手物』に分類される向きもあるが、『薬食い』と称して好んで食する好事家たちがいるのも事実である。水野源次郎もまた、その一人であった。

「初めて食って、うまいというやつは初めて見た......人間、野菜も食えば魚も食う。ならなんで獣を食べてはいけないのだ。釈迦様とて肉を食ってたらしいしな。体にも悪いはずはない。ましてわれらは『武士』ではないか。戦うのが仕事である以上、精をつけなければどうする?まあ、つきすぎても処分に困るがな」

 また酒をあおる源次郎。

 その実は旗本の名門、五千石を食む大身水野対馬守清定の嫡男であった。

(なんとも、変わった人だな......)

 豪放磊落ではあるが野蛮さはあまり感じられない。戦国時代の高名な武将などはこのような感じなのだろうかと敬忠は思い描く。

「恭之信、といったか。親藩の家老の息子だそうだな。かわいそうに」

 かわいそう、などという評は初めて聞く敬忠。自分の恵まれた生まれにいつもは妬みや嫉みが先立ってくるはずなのに。

「まあ、江戸で勉学をしようという気持ちはよきかな。ただ、あそこ。昌平黌はよくねえな。あそこにいるのは『先生』ではねぇ。まあ『師匠』だな。それらしいことを口にして、偉ぶるわりには実践がついてこん」

 昌平黌は幕府の官学である。直参旗本の言いぐさとしてはあまりにひどい話だった。

「それは......」

 反論しようとする敬忠を右手で制する。源次郎。そしてその口から朱子らしき漢文の一文が朗々と流れ出る。そして一呼吸おいて、源次郎は話はじめる。

「俺も去年までは通っていた」

 不思議な話ではない。高級旗本の子弟ということであれば、通っていても当然の学校である。

「いった人間がいうのだからまちがいない。まあ、俺ぐらいになったら恭之信も身の振り方を考えたらよかろう。何年かかるかわからんがな」

 そういいながら再び酒をあおる、源次郎。

 ほらにしても、嫌みがないのは彼の性格なのだろうか。敬忠にも思わず笑みが浮かぶ。

 その日は、初めて夜を徹して飲み明かした。

 それが二人の関係の始まりであった――

 


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