蔦屋の捜査
夜道を行く二人。一人は使用人らしき風体で手に提灯を持ち、暗い道を照らす。その明かりが堀の真っ黒な水を更に照らす。まだ凍るほどの季節ではないが、それでも十分肌寒い。
後ろを行く男性は、しっかりとした身なりで恰幅も良い。
蔦屋重三郎――版元元締として江戸界隈に名のしれた人物である。店は浅草寺中梅園院にかまえていたが、今日は江戸のあちこちを巡っていた結果、このような時間に自宅への帰路を急いでいた。
(柳橋様には申し訳のないことをしてしまった)
『極喰無尽』の存在を敬忠に紹介したのは蔦屋であった。大した躊躇もなく、好奇心から紹介したその組織がどれほど危険なものかは、最近敬忠の身の回りに起きた変事から用意に察することができた。
当然蔦屋は責任を感じる。
柳橋敬忠は元親藩の年寄本役であったとともに、今は江戸界隈を魅力する覆面戯作者「笈川月町」でもあった。無論、その出版を通じて蔦屋に莫大な利益をもたらしてくれたという部分もあるが、それ以上に敬忠の人間的な魅力に蔦屋は感服していた。
そして知ることになる、敬忠の真実。『令和』という時代からやってきた、転生者なのだという。正直、信じられない内容ではあったが、普段の戯作の内容からそれはとても腑に落ちる話でもあった。
敬忠のこの江戸に生きる意味にも、大きく同意する蔦屋。
『この時代のニーズに合った、そして、食文化を破壊しない料理をこの世界にもたらす。それで皆が幸せになれる』
敬忠の一言は、蔦屋の心を揺さぶるに十分なものであった。
その夢を自分の至らないために、台無しにしようとしてしまった。
後悔ばかりであったが、蔦屋はまた行動の人であった。
まずは新川屋三左衛門のもとを訪れる蔦屋。彼を介して敬忠を『極喰無尽』に紹介したのだった。しかし、店ののれんは外され看板もすでにない状態である。先月主人の新川屋三左衛門が急病でなくなり、後継者の長男も紙問屋の廃業を決めて店自体がからの状態になっていた。いるのは年老いた管理人だけでろくに話も聞けない状況であった。
明らかに、おかしなことである。
それ以外にも、『極喰無尽』に参加したことのある旦那衆を回ってみるが全く手がかりはつかめない。そもそもここ最近『極喰無尽』の会が全く開かれていないというのだ。
(これは尋常ならざることだ......)
蔦屋は袂に両手を差し込み、難しい顔で足をすすめる。外の寒さよりも、心の中の不安が心底を震わせていた。
ふと、前を見るといつの間にか使用人の姿がない。地面に提灯が落ち、炎を上げている。
地面には横たわる使用人の姿が。
「おい、お前さんどうしたね」
右手で背中を擦ってみるが反応がない。蔦屋はとっさに後ろに下がり、身を構える。
『失礼、浅草寺中梅園院地借り市右衛門店に店を構える版元元締蔦屋重三郎と見えるが、如何に!』
ニヤリと笑みを返す蔦屋。
「だったらなんでぇ。如何にか蛸にかしらねぇが、こんな所業は許せねえぞ!」
普段の温厚な蔦屋の口調とは全く違う強い啖呵が飛び出す。
暗闇にうごめく人の気配。
蔦屋は確信する。彼らが『極喰無尽』の一派であることをーー




