敬忠邸での実験
敬忠の邸宅の庭。秋も深まり、木の葉があたりをうずめる。しかし佐之丞と敬忠のいる場所だけはきれいに掃き清められており、新しい小さな穴が掘られていた。
佐之丞はうなずくと、白い綿の袋を取り出し中の黒い粉をその穴の中に注ぎ込む。そっとよじった糸をその穴の中に放り込み、そして古びた茶碗を一つそっと粉の上にかぶせた。
最後に板を上にかぶせ封をする。今度は敬忠がうなずくと、火口に消し壷から火を移し、そっと先程の糸の先端に火を付ける。
ゆっくりと糸が燃えていく。じっとそれを見つめる二人。
そして少しの後――濁った爆音と、上に吹き上がる板。白い煙が微妙に立ちががる。
少し間をおいて、そっと割れた板を佐之丞は取り外す。煙は殆ど出てこない。熱気だけが鼻に強く感じられる。
中を気をつけながら覗き込む二人。土が焼けて、中に被せていた茶碗はまるで粉のように細かく粉砕されていた。
「無煙火薬――でしょうね」
後ろから瞬が声を二人にかける。手には温かい湯の入った茶碗の盆を持って。
「いかがですか?寒い中実験でお体も冷えたでしょう」
二人は無言のまま、温かい湯を手に取る。
「瞬殿。それはいかなる」
佐之丞がそう問う。すでに瞬の存在をある程度、敬忠は佐之丞に告げていた。彼女が我々の持ち得ない知識を有していることを。また瞬が誘拐などされないためにも、その告白は必要なものであった。佐之丞もあまり仔細は聞かずに、合点してくれていたのだった。
「普通の火薬とは違い、煙があまり出ません。銃の火薬として使った場合には、扱いやすく威力も大きい。ただ、この時代では作ることはまず不可能だと思うのですが」
ふうん、と佐之丞は納得する。
「ほんの一部ではあるが、手に入れた代物です。江戸の郊外に土が運びされていることを知りまして。その尻尾をつかもうとした途端、流通はぱったりと途絶えてしまったのですが。ただ、その運び込まれていた場所からほんとにわずか手に入れた火薬です。割れた壺の中に少しだけ残されていました。まあ、こんなものを使うのは当然きな臭いことでしょうね。さて、どうしましょうか。柳橋様」
腕を組む敬忠。高性能の火薬。当然それが使われるのは、武器としてであろう。
しかし、何のために。この太平の世に騒乱を起こしても何も益はないはずだが。
何れにせよ、もはや一町役人の手には状況が負えないことは明らかであった。
ならばどうすれば。『極喰無尽』の存在が、この世界を色々な意味で破壊しようとしていることを敬忠は強く感じた。
方策はないのか――虚空を見つめ逡巡する敬忠。
そろそろ冬の風が吹いてくる季節である。空気の透き通った空がそこには広がっていたーー




