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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第3章 『極喰無尽』暗躍す

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シュンの思い出-2

 夜。車の中でシュンは煙草に左手で火をつける。なかなかうまくいかない。

 右手は腹を抑える。血が止まらない。止血をしてもこの状態では――もって後、数時間というところだろう。隣にはモシェ”だった”ものが、ライフルを抱きしめながら絶命していた。

 うかつ、というには偶然が過ぎた。武装集団との、遭遇。まったく偶然のでき事であった。

 射撃を受ける車。何とか離脱には成功したものの、気づけば助手席のモシェは複数の銃弾を浴びて、絶命していた。シュンも同じく――ただ、意識があったのことだけが違っていたが。

 連絡はとってはみたが、救援が来るまではかなりかかりそうだった。鎮痛薬を注射する。もっとも、手が震えて、感覚がマヒしているので何とも言えない状況だったが。

 穴だらけになったフロントガラス越しに、空を見つめるシュン。星はまだ出ていない。

 ふと、日本の夏の夜を思い出す。最後に花火を見たのは、いつのことだったかと。

 あの国は、いい国だ。そうつぶやく。とにかく飯がうまい。財産ができれば、祖国に帰り趣味でもいいので料理店でも持ちたかったな、と思いをはせる。

「それも、無理か――」

 ふと、目に入る人影。銃、は持っていない。タイヤのような荷物を引っ張る子供。遠くの集落から水を運びに来たらしい。

 お互いの目が合う。当然、警戒する子供。シュンは微笑みをかえす。多分今生で最後に顔を合わせる人物になるであろう。しびれる右手で””おいで、おいで”とジェスチャーする。

 恐る恐る近づく、子供。女の子、らしい。

 ふり絞るように、現地の言葉で会話する。

”おじさん、大丈夫?”

”ああ、大丈夫だ。味方が来てくれる。それより――お腹はへっていないか?”

 無言で少女は頷く。

 車のロックを外すシュン。右指で後部座席を指す。

 デイバックを取り出す、少女。

”その中には、食料が入っている。ここに置いておいても腐らせるだけだ。密封されているから毒の心配もない。持っていけ”

 少女は少し戸惑いつつも、大事にバックを抱えて歩き出す。何度かシュンの方を振り返りながら。

「人生、最後に食べ物を人に提供することができたな。ほんとは腕によりをかけて、ごちそうをふるまいたかったが。それも――もう――無理そうだな――」

 だんだんと視界が狭まってくる。

 いくつもの人の死は見てきた。いざ自分の番となると、やはり特殊らしい。死は一度きり。自分が自分である何よりの証拠の現象である。

「もし、生まれ変わりがあるのなら――」

 最後の意識でシュンはそんなことを考える。

「江戸時代に生まれてみたいな。いろんな料理を作る料理人になりたい。その時代では思いもつかないような斬新な料理を。それを食べさせてみたい、という人にも出会いたいな。結局独り身でこの人生終わっちまったし。さて――そろそろか」

 静かに目を閉じるシュン。

 ゆっくりと、夜のとばりがおり始める。

 夜が明ける前に、彼の人生は終わることとなる。


 そして――次に彼が目を覚ました時、彼は彼女としての生を受けることとなった。

 江戸時代に転生した、少女として。

 今、彼女はその記憶を取り戻す――


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