シュンの思い出ー1
10.シュンの思い出-1
埃が舞う。茶色いだけの地平線が続く。そして舗装されていない道のそばには、さび付いた鉄くず。それは最近までここが戦場であったことを示していた。
その道を一台のランクルが走る。薄汚れ、フロントには亀裂も見られた。助手席には小銃を構えた男性が座る。
荒れ地の中に作られた仮設の建物。小なりとはいえ、インフラは備わっているようだった。その前に車は横付けする。
迷彩色の制服に身を固めた、体格のいい男性が車を降り建物に入る。
『事務所』と英語で入り口には記されていた。そして、国際的にも有名な企業のマークもそこには記されていた。『民間軍事会社』。冷戦が終結し。21世紀ももう20年を過ぎようとする今、『非対称戦』のなかで必要とされた、新たな組織である。
事務所の中には男性が一人。若い日本人の男性である。
「チーフオフィサー、また趣味の時間かい?」
迷彩服の白人男性は、からかい気味にそうつぶやく。チーフオフィサーと呼ばれた男性の机の上には野外耐久使用のパソコンと、カセットコンロがおかれていた。その上にはフライパンが。
「これも仕事のうちさ。戦闘だけがうちの管轄じゃない。それとチーフオフィサーはやめてくれ。プレッシャーだ。名前で頼む、モシェ」
いつもながら理屈っぽい言葉に、モシェと呼ばれた男性は首を振る。
「わかった。シュン。今日は何を作っていたんだ?ステーキならうれしいんだが」
「まあ、似たようなものかな」
机の上にどん、袋を取り出す。それは豆が真空パックにされていたものだった。
「俺の祖国では”豆”を”肉”にする錬金術があってね。もしそれが容易にできるのなら、こんな地域でも住民に気軽に”肉”を配給できるかと思って。元が植物ならどんな宗教でもタブー視はされないだろうから」
ふうん、とモシェは気のない返事をする。
「食べ物の心配もいいが......まずはインフラだな。未発見の不発弾や地雷が街道沿いに多すぎる。この間の雨季に、地面に潜っちまったのが原因らしい。正規軍がお冠だ。我々がきちんと『仕事』をこなしていないと」
やれやれといった風に、瞬は視線を落とす。
「水と食料。それが一番大事なんだよ、モシェ。それは戦争においても、平時においても。だからこそ水に関するインフラは何より優先すべきだし、食料の配給も軍民ともに欠乏しないように何より気を払っている。もちろんそれを輸送する街道の確保も大事ではあるが」
「あんたは」
モシェが煙草に火をつけながら、そう言葉をさえぎる。
「食べ物にいやにこだわるな。何か思入れでもあるのかい?」
両手を開きながら、シュンは答える。
「さっき言った通りさ。食べ物が生きる上で最も大事。うまければさらに幸せになる。こんな仕事でなければ、料理人になりたかった」
「あんたの料理の腕は五つ星さ。どんなシェフよりもうまいものを作ってくれる」
「素人料理さ」
「そして――戦闘の腕もな。何も民間軍事会社なんかに就職しなくても正規軍なり、傭兵なり――もしくは本国のオフィスで――」
「がらじゃないのさ」
豆をミキサーにかけながらそうつぶやくシュン。
「俺の祖国に”江戸時代”という時代があった。今から三〇〇年以上前さ。身分制度もあり、まだ工業化もしていない時代だったんだが――すごい食文化が存在した。日雇いの労働者が、ヨーロッパの王侯なみに手の込んだ料理を食べていたらしい」
「スシ、テンプラ、スキヤキか?」
シュンはニヤッとする。
「スキヤキはもうちょっと後だな。獣肉食が一般的ではなかったので。ぎゃくにだからこそタンパク質の補給がエドの食の大事なテーマになる。その答えの一つが、この”豆”さ。トーフは聞いたことがあるだろ?それを工夫すると......肉のような素材を作ることができるんだ。それを住民にも食べさせたくてな」
とめどないシュンの話にモシェが飽き始めたとき、手元の携帯電話の音が鳴る。
「シュン、ジェネッリック・ハンバーグごっこはおわりだ。ちょっと面倒なことが起きたらしい。一緒に行ってくれるか?」
手を払い、無言で金属製のロッカーをシュンはあける。その中の銃を身に着ける。昔から愛用してきたナイフも。
二人を乗せた自動車が走り出す。机の上に作りかけのハンバーグを残して――




