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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第3章 『極喰無尽』暗躍す

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瞬の誘拐

「大体、終了ですかな」

 新吉がほとんどからになった寸胴をみて、そう瞬に告げる。こくんとうなずく瞬。

「本来ならもっと作りたいところですが」

 瞬がそれに対して首を振る。

「大量に作れば当然、質が落ちます。質が落ちれば味が落ちる。味が落ちれば......」

 新吉は素直に同意する。自分の娘のような子に諭されるのは、不思議な感じであるが腹立たしくはない。あれだけの技量を見せつけられては――あれほどの包丁さばき、味つけの微妙な調整は新吉とて到底及ぶところではなかった。それを現実として受け入れられる辺りが、蔦屋が新吉を見込んだゆえんであろう。

 客もはけ、厨房の片付けも大体終了する。瞬は客の席の掃除などをしていた。本来は彼女が”元締め”であるのだから、そんなことをする必要はないのだが――これもまた必要なことであった。自分が『令和』の人間と悟られないように、単なる江戸の一介の小娘であるために。

 とはいえ、現在は隠居したとはいえ、親藩に仕える柳橋弾正敬忠の養女、武家の娘である。そのことを知っている新吉は気が気でない。ほかの料理人の手前、それらしい用事をいいつけて、奥へと下がらせようとする。

 それを理解する瞬。はい!と元気な返事をして奥へと消えていく。

 ため息をつく新吉。甕からよく冷えた水を一杯、茶碗に放り込みそれをぐっとあおる。

「暑いなぁ......」

 言葉が口を突いて出る。調理中は全く感じなかった夏の暑さが、今頃になってやってきた心持ちだった。厨房は若い者に任し、新吉も奥へと下がる。明日の仕込みの相談を、瞬にしようという算段であった。

 しかし、奥の部屋には――だれもいない。

 いるはずの瞬の姿が――


「で、姿が見えないと」

 へえ、とうなずく新吉。番所。目の前には同心の佐之丞と、二本差した敬忠の姿。

「ほんとわずかな時間でした。店を閉じた後、瞬さんには先に奥に行っていてくれと――そして、わたしもその後をついていったら――影も形もなかったと、そういうありさまで」

 はじめはちょっと席を外したかぐらいに思ったのだが、いつまでたっても戻ってこない。何か都合があって、帰ったのかと思ったがそうでもなさそうだったので番所に届け出たらしい。番所の役人は瞬の名前を聞いて、佐之丞に連絡を走らせる。

「備えてなかったわけではないんですがね。まさか、こんなに早くとは」

 じっと床の上に置かれた巾着を見つめる佐之丞。そっと敬忠はそれを手に取り、巾着をあける。

「間違いない。瞬のものだ」

 中の紙の袋を確認する。瞬が後生大事に常に身に着けている、調味料。何があってもこれを手放すことはないはずだ。これがここにあるということは――

(かどわかし――ですな。まあ十中八九下手人は『極喰無尽』で決まりでしょうが」

 十手を手に、そう分析する佐之丞。落ち着いた口調ではあったが、何か怒気迫るものがあった。

 刀を手に、番屋を飛び出そうとする敬忠。

「お待ちください。敬忠さま。ここで動いても、どうしようもありませんぜ。何も証拠がない」

 きっと敬忠が向き直る。少しの間。一呼吸おいて、うなずく。

「まあ、神隠しでもなけりゃぁ何かしらの便りがあるでしょうさ。黒幕からのね。それを少し待ってみては。私の方は私の方で動いてみますから。敬忠様はどうかお屋敷の方に。何かあったら必ず連絡ください。南町の全力をもって、対応させていただきまさぁ」

 少しの沈黙。敬忠は大事そうに瞬の巾着を懐に入れると、佐之丞と新吉に一礼し番屋を去る。足早に、そして静かに――

 心配そうな面持ちで新吉は、佐之丞を見つめる。煙管を取り出す左之丞。

「まあ、言うまでもないが他言無用でな。もしかしたらお前んとこの、奉公人の中にいるかもしれねえしな。手引きした奴が」

 青くなる新吉。佐之丞はゆっくりを煙をふかす。その煙の筋は絡まり、そして消えていく――

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