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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第3章 『極喰無尽』暗躍す

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『龍麺』、江戸を席捲す

 厨房には白い湯気が、一寸先も見えないくらいにたっていた。

 昼時の料理屋。本来は蕎麦屋であったものを、蔦屋の知り合い能登屋が購入したものである。そして腕のいい料理人たちを数多く集め、ここ浅草の繁華街で今までにない新しい料理、『龍麺』を売り出したのだった。

 当然、そもそもその料理を考案したのは能登屋でもなく、蔦屋でもない。戯作者として今、江戸で有名な『笈川月町』であり、柳橋敬忠であった。

 浅草を舞台に、平安の世から戦国の世に転生してきた貴族。手に職はないが、戦国の民には見たことのないような料理を作りだし、それを足掛かりに自分の荘園を復興させるという一見とんでもない戯作が江戸の話題をさらっていた。

 その戯作に、たびたび登場する目玉料理がこの『龍麺』である。その時々の旬である、天ぷらが載せられ、江戸っ子好みの濃厚なだし汁。そして極めつけはお代わり自由の”ラーメンライス”と。

 これで売れないのがおかしい話である。

 まだまだこの店でしか『龍麺』を提供していないが、開店からほどなく、午の刻を鳴らす前にはすべて売り切れるのが当たり前であった。

 しかし、すべてが安穏というわけでもない。

 問題はその調理法である。今までにない技法を使った調理法。そして、その味の塩梅の微妙さ。少しでもそのバランスが崩れればあっという間に”下手物ゲテモノ”扱いされることは、目に見えていた。

 厨房の中心に立つのは、伊勢屋新吉。屋号も持ち、自分でちょっとした料理店を営むほどのひとかどの人物である。彼は蔦屋より、直接の誘いを受ける。

『身分は明かせないが、ある方がとてつもない料理を江戸に広めたいと思っておられる。とても難しい料理で、これを作れる料理の腕と、多くの料理人を動かす才を持った人物がどうしても必要なのだが......』

 最初は固辞していた新吉であったが、蔦屋が昔から目をかけてくれたことやなにより現物の『龍麺』を食べたことが彼を決断させた。

 この世に、まだこのような未知の、そして可能性のある料理があったとは。

 もう厨房からは退き、金勘定で余生を送ろうと考えていた新吉の決意を一転させるものであった。

 そして――その決め手となった『龍麺』を新吉の目の前で調理したのが――

 この厨房の片隅にちょこんと立っている、瞬、その人であった。

(正直、最初は狐に化かされたと思ったが......)

 年端もいかぬ少女が調理を行うと聞いて、げんなりした新吉であったが彼女の手さばきを目にして、言葉が出なくなる。

 独特の短い包丁を一本だけ使い、それで野菜も魚もすべて瞬時にさばききる。まるで何かの芝居を見ているような爽快感であった。彼女なくしては『龍麺』はなかったであろうと、新吉は確信する。

 この店を開くにあたって、新吉が唯一望んだことは瞬が店の指導を引き受けてくれること、その一点であった。ただ、少女の指示を気の荒い料理人たちが聞くとも思えず、またその技を目の当たりにしてもすべての人間が新吉のように素直に受け入れるというわけでもないだろうという配慮から、表向きには新吉が店を仕切ることとなった。

 夜明け前の早い時間から、新吉と瞬が二人だけで『龍麺』のスープを仕込む。最終的な判断は瞬の舌先一つであった。

(......にしても......)

 新吉は瞬の方を見やる。どうやら、朝早かったので眠たくあくびをしているようだった。

(あの娘は一体......そもそも蔦屋さんにこのことをお願いしたっていうのは......一体......?)

「元締!次の指示お願いします!」

 厨房に響き渡る大きな声。おい!と新吉も負けずにそれにこたえる。

(今は、この『龍麺』をただ作るだけだ。それ以外は、面倒なことだ......)

 その日、新吉の店は売り上げ最高記録を更新した。


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