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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第3章 『極喰無尽』暗躍す

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宣戦布告

 敬忠は人の多い大通りを行く。すでに陽は傾き始めていたが、それでも温度は高い。汗を手で拭うと、じっとりとした感触がまとわりつく。

(令和の頃よりは......全然、涼しいはずなのだがな......)

 温暖化があまり進んでいない”文化”の世である。アスファルトで道が舗装されているわけでもなく、クーラーの室外機からの熱風もこの世界には、存在しない。

 夕暮れをひかえて、店先では丁稚が通行人に気を使いつつ水打ちを始める。水売りの売り声もまた、涼しさを感じさせる――はずなのだが――

(どうも、慣れというのは怖いな。この程度の暑さで参ってしまうのは。令和の世でも、何度か熱中症になりかけたことがあったが)

 令和の世では『保坂恭子』という名を持つ女性だった、敬忠。あの時代の東京の暑さは殺人的であった。それに比べれば、この江戸の暑さなど全くもって可愛いものなのだが――どうも体がそれを受け付けない。特に、『令和』の記憶を取り戻してから、感覚が戻ってしまったような気がしていた。

 甘酒の露店が客を呼ぶ。この時代、甘酒は最も優秀なスポーツドリンクである。

 しかし、敬忠はそれに目もくれない。

(こんな日の夕方は......ビールだろう......!)

 ビール。当然、江戸の世には存在しない飲み物である。ヨーロッパにおいても、それを冷やして飲むのようになったのは二〇世紀以降、冷蔵技術が確立した後の話であった。

 足を止め、空の彼方を敬忠見つめる。思い出す『極喰無尽』の宴の夜のことを。

 最後に出されたデザートが『口直しの氷菓子ソルベ』であった。このような暑さの中、そのようなものを振る舞われたら――

「確かに、喜んで入会してしまうかもしれんな」

 ため息をつく、敬忠。

 そんな『極喰無尽』に命を狙われたのもあの宴の後であった。そのことについては、南町同心本宮佐之丞が探ってくれているはずである。

 今わかっていることは

 『極喰無尽』はこの時代には不似合いな、そして挑戦的な料理を出すということ。

 そして、自分に対して明らかな殺意を持っているということ

 その二点であった。

「正直、戸惑うところもあるが......」

 ぐっと拳を握る敬忠。

 もう『柳橋弾正敬忠』としてのこの世界でのつとめは終わった。与えられた仕事はすべて区切りをつけ、あとは何年続くかわからない隠居生活が待っているだけだ。ならば――

 目の前の本屋の軒先が目に入る。特に目を引くのは蔦屋版元、『笈川月町』の新作戯作である。内容は――未来に異世界転生した主人公が『龍麺』という料理をそこで学び、過去の江戸に持ち込むというものである。当然、瞬の作ったまさに『龍麺』そのものである。

 売れ行きは上々。数週間後には、蔦屋の手づるで『龍麺』を実際に外食として提供する店ができる予定だ。令和風に言うところの、『コラボカフェ』みたいなものであった。作品の中の料理が食べられる――物見高い江戸っ子であれば、多分食いつくであろうことは予測できた。

 一方で『極喰無尽』にも、注目されることは間違いない。

 一つのかけであるようにも思えた。餌をぶら下げて、それに食いつくのを待つという策である。

 当然、リスクは高い。この間のように命を狙われることもあるだろう。

 敬忠は腰のものの柄に手をやる。これからおこるであろう出来事に、備えるかのように――

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