立つ、『龍の麺』
「令和から遡って、もしこの“江戸“の時代にラーメンのルーツ……いやいや、原型があったら、というのが発想の原点です。麺を醤油の出汁で食べる文化。それは蕎麦でもなくうどんでもない。鳥ガラの出汁を原型として、うどんよりも細く、蕎麦よりも太い麺。そして、どっしりとした具材。動物性のタンパク質が豊かで、かつご飯も食べられるというオールマイティー……ではなく完全無欠な外食料理。そしてこの料理を食べた地方の人間はその進化形を、地元の料理法や食材に合わせて発展させるかもしれない懐の広さも持つ……もしかしたらこのラーメンはこのまま進化したら別な“ラーメン“を令和の世に送り出すかも知れません。そのような期待を込めて瞬と共にこのラーメンをつくらせさせていただきました」
一息に口上を諳んじるように、敬忠が説明する。いつの間にか席を外していた瞬が、二人分の茶を入れて差し出す。
我に帰る敬忠。瞬に差し出された茶を蔦屋にすすめる。一礼して茶をとる蔦屋。そして敬忠も。
「と、すると」
二口、茶を口にした後に蔦屋が口を開く。
「『極喰無尽』の方々は敬忠様とは対極の思想をお持ち、ということになりますな。敬忠様があくまでもこの時代の作法にのっとった形で、未来の料理を作られようとするのに対して——」
「彼らの料理は、この時代の料理文化を破壊せんとする意気に満ち満ちております。いや、もはや”悪意”というべきものでしょうか。なればこそ——我々を襲おうとしたのかも——彼らの料理にあまり賛同しなかった私や瞬殿を」
無言でうなずく、瞬。
「彼らの料理はとてもよくできていました。とても——素材が嘘偽りなく、本物の素材を使っていることが大きいと思います。それらの食材は、この時代でも手に入らないわけではないでしょうが、あまりに珍奇に過ぎている食材です。金子を積んだだけでは手に入らないようなものもあり——」
ふうむ、と蔦屋はいぶかしがる。
「金以外の力というと——」
「左様、”権力”でしょうな。それも尋常ならざる」
敬忠の推測。豪商といえども、ご禁制の品々に手を伸ばすのは危険が大きすぎる。その背後に何かしらの権力の存在を感じていた。
「単なる田舎大名の道楽、にしてはあまりにおおげさだと思います。私自身がそうですが到底無理な話。加賀様くらいの大身なら——いや、これは失礼。隠居したとはいえ、家臣にあるまじき——」
「結構ではないですか。そういう奔放な敬忠様も好きですぞ」
蔦屋が嬉しそうに、そう言い足す。こほんとせきをする敬忠。それを瞬がくすっと、笑いながら見つめる。
「まあ......正直加賀様でも難しかろうと思います。ヨーロッパやアメリカ、いやまった南蛮の食材を集めるとなれば異国との交流も必要となる。そうなるとやはり御公儀にシンパがいるとしか——」
「シンパは内通者、黒幕みたいな意味です」
瞬が翻訳する。
「『極喰無尽』の『副統領』とかいう恵美押延がなにか知っていそうですね。後ろ暗そう、というか真っ黒けな感じでしたから。明らかに時代劇の悪役でしたし。黒髪の総髪なんて幕府転覆を目指す輩のテンプレですよ」
「瞬殿」
敬忠と瞬のかけ合いをほほえましく見守る蔦屋。思ってみると、敬忠の虚無的な表情を最近見ていない気がした。瞬のおかげもあるのかもしれない。良きことだ、と目を細める。
「......さしあたっては佐之丞殿により深い捜索をお願いしようと思っております。あわせて、私の”ラーメン”も世に出そうかと。つきましては蔦屋殿にお力添えをいただければさいわいです」
うん、と蔦谷はうなずく。
「言うまでもない。この”ラーメン”を売り出すには、敬忠様の御身分ではいささか差し障りがありましょう。いいでしょう。店でこの味を提供できるような方法を門外漢なれど、探ってみましょう。なあに、歳に相応して顔の広さだけは自慢でしてな。さて......そうしたときに、一つ問題が」
押し黙る、敬忠と瞬。蔦屋の危惧するところとは——。
「......料理の名前ですよ。この”ラーメン”の。”ラーメン”と言ったって、江戸っ子は不思議がるばかりです。どうか良いお名前をおつけください」
あっけにとられる敬忠。しかし何かを思いついたように、懐紙に筆ですらすらと何やら書き始める。それを瞬に見せる敬忠。瞬は何度も首を上下にふる。
「では」
咳払いをする敬忠。その紙を蔦屋に開帳する。
「ほう!」
膝を打つ蔦屋。誇らしげに敬忠は発表する。
「『龍麺』。まるで龍のごとく、腑に染み渡る麺ということで——いかがでありましょうか?」
龍の麺。令和のラーメンはこの江戸において、新たな息吹を吹き込まれる。
ここに『江戸に立つ、龍の麺』の伝説が始まる——
(第二章完)




