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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第2章 江戸にはびこる、美食

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麺と具と飯、そして出汁のカルテット

 箸でそっと、その揚げ物をさぐる。それほど大きくはない。かき揚げの雰囲気にも似たそれは、汁のしずくをひたしながら蔦屋の口におさまる。

「......?......!」

 カリッとした感触とともに、口の中に肉汁が広がる。固い衣が含んでいたスープも。先ほどの”チャーシュー”も確かに、悪くはなかったがそれに比して”うまみ”の勢いが段違いである。なじみのある素材。

「穴子ですか。なるほど」

 即座に蔦屋は具材の正体を見抜く。穴子の天ぷら自体は珍しくない料理ではあるが、その技法がふるっていた。

「天ぷらそばのおいしさ。それは天ぷらがある程度溶けて出汁の味をより濃厚にしていく点だと思います。しかし、一方で揚げたての天ぷらをそっとつゆにのせて、その歯ごたえを味わいたいという欲もあるかと。この”ラーメン”に関してはその両方の希望をかなえさせていただきました」

 瞬の説明。つまり、固い衣とその衣がスープのうまみを十分に吸って、濃厚な味を奏でるという工夫である。そして天ぷらの中の具材は当時の江戸人にとってなじみの深い穴子。

「先ほどの獣の肉に比べて、とても食べやすく何より......こう、麺と一緒にしっかりとした、暖かいたんぱくなものをいただけるのは、幸せになりますな......」

 敬忠はにやり、と笑みを浮かべる。

 時代に違いはあれど、やはり炭水化物と肉の組み合わせを嫌う日本人はいないと。併せて、そのタンパク質。江戸の人が好む”五白”という味の中の一つ白身魚である。豚肉のチャーシューよりも好みにあうのは当然であろう。

 天ぷらの味がまだ口に残っている状態で、麺をすする。その後はほうれん草を。そして麺を。薬味を。麺を。

 あっという間に椀の中の具材や麺は蔦屋の胃の中に消えていく。先ほど令和の”ラーメン”を食べたばかりだというのに。

 ふう、と一息を蔦屋はつく。そっと、額の汗を拭く。

 膳の上には――先ほどと同じく汁がまだ残る椀が一つ。すまなそうにそれを見つめる蔦屋。

 瞬が敬忠に目配せをする。うなずく敬忠。

 瞬が自分の後ろに隠していた盆を恭しく取り出す。その上には小さな櫃と小さなお椀。そして皿には山盛りの薬味。

「結局......行き着く先は”ご飯”なのですよね。麺はあくまでも間に合わせのおやつみたいな感覚。完全な満腹感を味わっていただくために、こちらを用意しました。

 櫃の冷えた飯を椀に盛り付け、それを丁寧に蔦屋に差し出す瞬。流れで、それを蔦屋は受け取る。

「どうぞ、薬味はお好きなだけ。しそ、ねぎ、みょうが......薬味だけではなくて、焼きたてののりなども......色々あります」

 不思議そうな顔を蔦屋はする。それもそのはずである。食事はすでに終わっているのに。

「”ラーメンライス”といいましてな。これを好む、”令和”の人間はなかなかにして罪深い。この出汁を御飯にかけて食べるのですよ。まあ、茶漬けのようなものですが。まずは試されて」

 敬忠の説明に、少し首をかしげつつも薬味を椀の御飯の上にのせ、蓮華でそっとスープをかける。まだスープはほのあたたかい。

 椀の縁を口に運ぶ。そして、飯が――口の中に――

 ぬるい食感。茶漬けとは違い、熱くなく口の中に飯の感触が広がる。そして出汁の味。単体ではこすぎるその味が、飯に中和され飯の甘みと出汁の塩気が絶妙なバランスで、さらなる食欲をかきたてる。

 さらには薬味の効果。一口ごとに様々な薬味を試す。その度毎に、口の中に新たな味覚が発見されるのを感じた。

 いつの間にか二合はあるだろう櫃が空になる。

 蔦屋は今ままでどのような高級な料亭でも感じたことのない感覚を味わっていた。

 腹がはち切れんばかりの”満腹感”を――

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