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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第2章 江戸にはびこる、美食

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南町奉行所同心、本宮佐之丞という男

「それは災難でござんした」

 神田あたりの蕎麦屋の二階。敬忠と瞬に向かい合う、羽織姿の背の高い男性。髷は武家の結いであるが、ざっくばらんな雰囲気と口調で二人に話しかける。

「いやぁ、最近夜は物騒だとは聞いていたんですがね。まさか柳橋様が災難にあわれるとは」

 きっ、とその男性をにらむ瞬。その視線に気づいて男性は言葉を濁す。

「まあ、大丈夫でさぁ。内密に内密に。決して勤番に話したりはしませんから。そもそも私にこのことを聞きたいから、お呼びになられたのでしょう?」

 そういいながら、空になったせいろの前の猪口を取り上げ、口に運ぶ。

「いつも、お世話になる。佐之丞殿」

 軽く頭を下げる敬忠。それに対して、佐之丞と呼ばれた男は畏まる。

「やめてくださいよ。柳橋様といえば親藩のご家老様。こんな不浄役人風情に頭を下げられるなど......おやめください」

 彼の名前は本宮佐之丞。南町奉行所市中取締諸色掛与力付の同心、つまりいわゆる町方の役人である。柳橋との付き合いは先代にさかのぼる。佐之丞の父親が駿河小島藩の江戸上屋敷について、よく便宜を図ってくれていたのだ。大名家といっても屋敷でれば町方と交わることも多い。当然そこにはいろいろな厄介事も絡んでくる。それをうまく解決してくれたのが佐之丞の父親であった。とはいえ決してわいろなどをたかるわけでもなく、極めて穏当な人物でもあった。その意気に感じ、たびたび敬忠は分相応の付け届けをしていたのだが―――2年前の夏、中風を悪化させそのまま帰らぬ人となった。その後に新規召し抱えの形で佐之丞が前職を引き継いだのである。無論、敬忠との関係も深い。

 敬忠はけがをした手でそばを手繰ろうとするがうまくいかない。そっと瞬がその手を支える。それを佐之丞が興味深そうに見つめる。

「敬忠様とて、心得はおありのはず。結構な手練れ―――単なる暴漢とも思えないですな」

 佐之丞の分析。頭は回る男である。取締諸色掛といえば江戸の物価を探る役職。単に権威におもねっているような役人では到底務まらない。情報収集力、分析力そして行動力。様々な能力が必要となる。そして佐之丞はそれらをすべて兼ね備えていた。

「『極喰無尽』なる講中をご存じか?」

 その名前を敬忠は出す。少し固まる佐之丞。そしてゆっくりと首を振る。

「そのものの手にどうやら襲われたらしい。佐之丞殿なら打ち明けてもよいかなと思ってな」

「敬忠様にそういわれたのでは―――是非もありませんわ。ちょうど今月は南町は非番。書き物も早めに終わらして調べさせていただきますよ」

 そっと、ちろりを差し出す敬忠。畏まって佐之丞は両手でその杯を受ける。

「よろしくお願いする。何やらよくないことにかかわってしまったようでな」

 瞬がじっと敬忠の顔を見つめる。それに対して微笑みを返す敬忠。

 そして佐之丞が『その』情報を手に入れるのは一週間後のことだった―――

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